軍艦島〔Ⅴ〕/R…最後に。 

島全体の俯瞰図。航空写真に建物の名前などを入れ込んでみました。訪問した5年前に比べると最近は崩壊が相当進んでいる
ようで世界遺産としての環境維持が大変みたいです。一般の観光客ルートはドルフイン桟橋から右側の見学通路を歩き、第三
見学広場までで全体からすればごく一部です。

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以上五回にわたってリバイバル版として掲載しました。これであなたは‘軍艦島通’として立派に通用することを請け負います。

次回:Fire TV


[2016/09/16 07:30] 世界遺産 | コメント(-)

軍艦島〔Ⅳ〕/R 

222026軍艦島引用

2003/11、好奇心旺盛な若者二人が船をチャーターして島に上陸。建物内部の撮影を敢行。写真の活用フリー
なので11枚だけ引用させて貰います。当時はまだ島に入ることは許可されていなかった内部の写真です。

222125軍艦島引用222125軍艦島引用

222125軍艦島引用222125軍艦島引用

222125軍艦島引用222125軍艦島引用

222125軍艦島引用222127軍艦島
(同じ場所ではないようですが、いずれにしてもこの通りはすごい人出だったようです)

222125軍艦島引用222125軍艦島引用
(左:島で一番大きい、端島小・中学校の横にあるU字型の建物)

222125軍艦島引用222125軍艦島引用

                                               これらの写真を見て 「盗らないで下さい」…というのには
                                               何か違和感を感じるところも…。

次回:9/16 最終回〔Ⅴ〕
次々回:9/18 Fire TV
[2016/09/14 07:30] 世界遺産 | コメント(-)

軍艦島〔Ⅲ〕/R 



A面…第三見学広場から第二見学広場へ戻る通路から仕上工場・ポンプ室を。下から二つ目の写真を右側から見たもの。
B面…(第一見学広場から第二見学広場へ行く途中にて。左より総合事務所/赤レンガ、ニ抗口桟橋、選炭機跡)

(ニ抗口桟橋とは/下の写真/B面…右端の塔に見える階段を昇り、左へ行くと地下へ降りるエレベーター塔がある。エレベーター
と言っても今のようなしっかりした造りのものではない。そこから地下へ一気に降りる。真っ暗な中を相当なスピードで下る
のでかなりの恐怖感があっただろう。エレベーターは600mまで。そこからは抗道を歩く。最も深い作業場は1000mにもなる)
そこには高温・高湿度の過酷な労働があった。

A、B面…ここの事務所だけ赤レンガで少し恰好つけたのかな?窓もアーチ型でおしゃれ。白い灯台はその後建てられたもの)


A面…第三見学広場より下請社宅、仕上工場など。
B面…船着場(ドルフイン桟橋)より。穏やかな海です。


A面…同じく。船着場より反対/北側を。海に突き出ているものは左側からコンベアで運ばれてくる石炭を
船に荷卸しする構造物の支柱。

B面…上の写真で、左側から右方向を見た下請社宅、仕上工場…しかしどうしてこんなにコンクリがバラバラになっているのでしょうね?
中の機械・設備などを何かの目的で搬出するために建物を壊したのでしょう。建物の中には機械らしいものは見当たりませんから。
それにしても石炭は斜陽産業で設備を島の外に転用する価値があったのでしょうか…?)


(パノラマ/A,B面、壮観!)

次回:9/14 〔Ⅳ〕…建物内部の写真
[2016/09/12 07:30] 世界遺産 | コメント(-)

軍艦島〔Ⅱ〕/R 

明治26年当時に比べて6度の埋立拡張により島の面積は約3倍位に増えています。第一~第三見学広場、仕上工場、貯炭場、
71体育館、端島小中学校、グランド、病院辺りは埋め立てられたところです。
222019軍艦島

…島に降り立つと高度成長時代のたくましい息吹と過ぎ去った栄光のむなしさをひしひしと感じます。しかしこの狭い島の
炭鉱町に5000人もの人間がひしめき合って暮らしていたその様子が面白いし惹かれるのです。誰もいない建物の残骸には
少し不気味な感じも…。もし夜なんか一人でいると怖いだろうな~。心霊スポットにもなっているらしい。だけど実際に
起こった事件は心中未遂1件、殺人2件、殺人未遂1件、傷害11件、賭博1件など、こんなんで心霊スポット?

データ:①昭和35年の人口密度世界一(南北480m、東西160mこの狭い島に人口5300人。東京都の9倍の人口密度)
     ②高層鉄筋コンクリートアパート我が国最古。大正5年竣工
     ③家電‘三種の神器’の普及率当時日本一、テレビはの普及率はほぼ100%。仕事はきついが給料は高かった。
     若いご婦人達は最新のフッションを身につけていた。
     ④石炭の品質の良さは日本一
     ⑤小中学校校舎の階層日本一、7階建て。…など。



(マウスのカーソルを写真の上に置くとB面が出ます)
A面…崖上は幹部職員社宅(風呂付)、下は炭車修理工場、浮選機室、貯炭場跡など。見る影もなく荒れ果てている。
B面…(正面のタイル状の護岸は‘天川’と呼ばれる明治期の接着石積工法で作られている。左側の先は拡張工事された部分)


A面…下請社宅/中央、どこもここも朽ち果てて…
B面…左の崖の傾斜に貯水槽の水道パイプが見える

「秋さびし 炭鉱びとが 夢のあと」(馬笑)


A…幹部職員の社宅
B…真中奥に石炭を運び出すベルトコンベアーの支柱が見える(引用)/配置図の第一見学広場より北東方向)
向う側から見た全景/引用…それぞれの名称のところにカーソルを合わせると位置がわかります。また左の‘各主要施設’
の説明を読むと内容がよくわかります)

222019軍艦島
(左より、下請社宅(内部の写真/…夕焼け時、引用)、貯水槽、幹部職員社宅)

「ぴ-ひゃらら 廃墟の空に 独り舞う」

次回:9/12 軍艦島Ⅲ/ R
[2016/09/09 07:30] 世界遺産 | コメント(-)