大塚遺跡〔Ⅱ〕 

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このペンションで1泊してみたいなあ。

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内部:これは三殿台遺跡での撮影。

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180度パノラマ。(クリックで拡大)

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穀物倉庫。ねずみが入ってこないように脚に返りをつけている。手前は‘木臼’。

次回:男の料理教室

[2017/06/18 07:30] 遺跡 | コメント(-)

大塚遺跡〔Ⅰ〕 

弥生時代の遺跡。大塚は住居、歳勝土遺跡(今回写真は省略)はお墓。隣接している。大塚遺跡には常時20棟位の写真のような
竪穴式住居があったようだ。一棟の家族は4~6人。個室はない。大きな居間兼寝室兼台所・食堂であった。プライバシーはどうな
っていたのか?カーテン(むしろのようなもの?)などで仮間仕切りでもしていたのであろうか?せめて親子の仕切りは教育上も必
要では無かったか?(これは現代人が考える常識?)。場所は横浜地下鉄センター北駅下車すぐ。歴史博物館がある。
(‘サイカチ’は樹木の名前。大木になる。この樹液にカブトムシが集まるのでかぶとむしのことを‘サイカチムシ’とも言われる)

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上の左端の遺跡全体写真で道路が縦に貫通し約半分が残っている。港北ニュータウンの造成工事で消滅した遺跡の大部分は
住宅地となっている。


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屋根は4本の柱で支えられており、入口から室内へは1.5mほど下がっている。また周囲は高さ70cm程、盛土され雨水や動物の
侵入を防いでいる。竪穴住居の作り方は地面に直径6~7m、深さ1mほどの穴を掘りそこから出た土を周囲に積み上げて踏み
固める。居住は平地にすれば一番便利な筈だが周りの土が調達できないので低くなったのであろう。入口から室内への階段は
しごはかなり急である。小さな子供やお年寄りは出入りが大変だっただろう。

皆さんご存知の紀元前400年頃に着工したパルテノン神殿。。これと日本の竪穴式住居。同じ頃の建築、えらい違いですね~。
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(地面より二段下がったところが当時の表面/後世への保存のため全地域、1mほどかさ上げしてあります)

(向うに見える丸いところが住居、そこにつながっている二本の側溝みたいなものは‘尾状構’と呼ばれている。何であるかは
定かではないが推定では、子供・老人用の住居への進入路ではないかと言われている。緩やかな傾斜にしているのである。
その進入路に屋根・壁を作り周りを覆っていた…と考えられる。この遺跡ではこのような住居は二つしか作られていない。
231333大塚遺跡

しかし尾状構が二本あるのは何故だろう。幅が狭いのですれ違うことは難しい。1本は入る方、一本は出る方…と一方通行
になっていたのか?恐らくこの二本の通路を一つの屋根を含めた覆いで囲っていたのであろう。沢山あいている穴は、屋根
を支える柱、煮炊き用の囲炉裏、食物置き場、土器を置く穴…等である。トイレは無い。外で用を足す。

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(環壕と外柵…敵の侵入を防ぐため、ただ‘外柵’があったかどうかは不明。証拠がない)

(続く…もう1枚。「考古学者Harry」の住居設計図)
231441竪穴住居寸法試算
(雨水の侵入防止のための周りの壁。その土は住居をいくらか掘り下げて捻出するしかない。周りの壁の厚さ・高さとも50cm、
 住居の直径を5mと仮定して周りの壁の土の量を捻出するにはいくら掘ったらいいかを試算すると約20cmとなった。実際に
 は壁を踏み固めなきゃいけないから恐らく倍位(40cm)にはなるだろう。従って住居の中から見ると壁の高さは約90cm~1m
 となる。当然、住居に入る踏み板や降りる階段がいる。住居が大きくなると深さも深くなり階段の段数も増える)

続く:〔Ⅱ〕

[2017/06/14 07:30] 遺跡 | コメント(-)

上行寺東遺跡〔Ⅱ〕 

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遺跡から上行寺を望む。

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境内のやぐら。

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時の経過で表面が風化してしまっている。

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こんな立派な宝塔は滅多にお目にかかれないめずらしいものです。
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次回:陶芸展、お礼
[2016/11/12 07:54] 遺跡 | コメント(-)

上行寺東遺跡〔Ⅰ〕 

地域史研究会の仲間との散策です。

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手前は建物の跡、奥に見える穴は櫓(お墓)の跡。実際の場所はず~っと奥の方にあったがマンションの工事で手前の今の場所に
復元されている。その方法は実際の場所の地面の表面に特殊な樹脂の膜を張り、乾いてからそっくり剥がして、今の場所に予め
形に沿って掘られた穴にそれを被せて造られている。だからこの上を歩くと、ボコボコ音がする。まあそれでも完全に埋め戻して
跡形もなくなるよりはずっといい。

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続く:Ⅱへ

[2016/11/09 07:30] 遺跡 | コメント(-)