一木一草、神宿る〔Ⅲ〕 

これで最後です。とっくに飽きたことでしょうがご勘弁下さい。

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法性寺(ほっそうじ)へ向かう途中の石碑。誰かがちゃんとお花を添えているんですね。偉い。

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こんな高いところにも。

近くで観ると地層もはっきりしてなかなか興味深い!是非道案内をお願いします」/ Mさん。…はい、わかりました。

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猿畠山 法性寺(えんばくさん ほっしょうじ):逗子市久木の地に建立された日蓮宗の寺院。松葉ヶ谷法難の際、
日蓮が白猿に導かれ難を逃れた岩窟の地に建立されたと伝えられ、日蓮六老僧の一人である日朗の墓所がある。
左の鳥居を登って行くと逗子市が展望できる場所に出る。

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名越切通しの道…ここを下って行くと安国論寺を経て鎌倉駅へ。

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次回:12/24 鎌倉浄光明寺


[2015/12/21 09:17] 史跡 | コメント(-)

一木一草、神宿る〔Ⅱ〕 

飛び込みで中断しましたが〔Ⅰ〕の続きです。いよいよ写真が無くなって来た~~。今年は持ちそう。
来年早々どうしようか?!写真が尽きたら、下らない記事でお茶をにごすしかない。ご勘弁を。

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日記:体調今のところ再発なし。ただ今までは一寸した歩きでは感じなかったドキドキが感じられる。もう暫くしたら良くなるでしょう。
    歴史ウオーキングの予定が二つ残っている。何かあったらおんぶはご勘弁と仲間がびびっている。可愛い女の子なら歓迎
    だそうな。

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気持ち悪い?(→小さくしました。クリックして拡大)

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続く:同じような写真ですみません。そろそろネタ切れ~~~。

続:日記:3週間たっても左肋骨あたりの痛みが治らない。どうもひびが入ったようだ。思い当たる節あり。明け方、ふとんの
      中でくしゃみをした時、痛みが走った。これらしい。何だかんだと嫌になるなあ~。医者に行っても何をするでもない
      ので行かない。随分昔に3本ほどやった経験がある。余り動かないようにして静かにしているのが一番らしい。コ
      ルセットをしてみたが息苦しいので続かない。後、2週間ほどしたら気にならなくなるだろう。若い人もくしゃみで起
      こすようだ。歳のせいじゃないぞ!

拍手とは行きませんよ!大丈夫ですか?心配だな~」 / NFさん。
…大丈夫、大丈夫。1月、銀座八町神社めぐりしましょう。よろしく。

次回:鎌倉浄光明寺


[2015/12/18 07:30] 史跡 | コメント(-)

一木一草神宿る〔Ⅰ〕 

まんだら堂やぐら群:鎌倉時代の横穴墓(逗子)。中世の武士や僧侶が眠る立体墓地。異世界の風景。
まるで現代の‘マンション墓’のようで壮観!(公開日限定:年3回。土日月祝日のみ。秋の公開は終了した)
JR逗子バス乗り場6番から、亀ヶ岡団地循環、亀ヶ岡団地北下車5分。

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クリックで拡大。

逗子まんだら堂やぐらMAP
クリックで拡大:

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仮供養の墓だったのではないかと考えます。いずれはちゃんとした故郷の墓に行くのでしょう。分骨的な意味もあった
のかもしれない。このような地に葬られたのは多分に山岳信仰の影響もあったのかと推察されます。またはこのあたり
は山が多く合戦で死んだ武士達を平地に葬ることができずにやむなくこのような場所になったのかも知れないし…。
しかし夜は怖そうですね。神ならぬ浮遊霊・地縛霊が漂っているかも。尤も夜は入れませんが…。

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昼間でもちょっと入るのは恐いですね。でも恐い物見たさで行ってみたい!」/ Yさん。
次回公開日(2/27~3/21。10時~16時)に案内しましょうか、Cさん、Hさんにも声をかけてみたら?
 
次回:12/14 カテーテルアブレーション体験記
次々回:〔Ⅱ〕



[2015/12/11 07:30] 史跡 | コメント(-)

旧・東海道 保土ヶ谷宿を歩く〔Ⅱ〕 

〔Ⅰ〕の続き、⑦から:

保土ヶ谷歴史散策150419(1)

保土ヶ谷歴史散策(2)150419

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クリックで拡大。以下の説明文の頭の番号は地図の番号に合わせてあります。

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⑦神戸神明社:人形の紙に名前を書いて水に流すと、過去の悪い行いや罪を流してくれるとのこと。当然のこと、
 やりました。これでわたくしも清らかな心をもった無垢な人間に生まれ変わりました。ありがたいことです。

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神明社の創建は平安時代中期の天禄元年(970)年と伝えられる。その後3度の遷座の後、現在の神戸(ごうど)の地に
造営され保土ヶ谷区と旭区の総鎮守として広大な社領が与えられ、宮司以下数十人が使仕え流隆盛を極めたという。
その後、戦乱の時代に一時衰退したが天正18年徳川家康入国のとき、社殿の造営が行われ4石1斗の御朱印地とな
る。また元和5年(1619)宮居を神戸山の山頂から現在の場所に移し社殿の造営、境内整備が行われた。祭神は天照
大御神。

追記:お知り合いのワイ・Jさんはこの神社がご実家とのこと。びっくりしました。神社と云うイメージには程遠い
    現代的なセンス抜群の活動的なご婦人です。(5/23)


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遍照寺…876年開山。ここの薬師如来は京都仁和寺のものと同じ。横浜指定文化財。

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⑬ 旧東海道と金沢道の交差点に設けられている。右から‘円海山之道’、‘かなさわ・かまくらへ通りぬけ’、‘かなさわ・
   かまくら道’、‘ぐめうし道’、‘程ケ谷の枝道曲がれ梅の花’(其爪/きそうの俳句)、‘富岡山芋大明神への道’と刻ま
   れている。

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⑭ 明治元年、明治天皇ご訪問の折、苅部を軽部と書き間違えられ、畏れ多いということで、苗字を軽部に改称。
先祖代々の由緒ある名前を変更することは一大決心であったことであろう。(今考えれば誠におかしなことである)
現在も本陣跡の広い敷地の一角に大きな今風のお宅にご子孫が住まわれています。

本陣、脇本陣…身分の高い大名、旗本、公家などが宿泊。

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当時、今井川の支流が東海道を横切って流れていたのでそこにそれこそ切れ目なく石橋を築き通行していたことが
この絵からわかる。大名行列が通るメイン道路である。当然のことであったろう。

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旅籠:本金子屋…明治2年に建て替えられたもので当時の建物の雰囲気を今に伝えている。大正天皇がお忍びで
来られたこともある。旅籠の数は元禄年間で37軒、天保で69軒であった。

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開山は平安中期。区内では最も古いお寺の一つ。参勤交代や旅人の信仰厚く、道中安全の祈願で賑わった。本陣、
脇本陣、茶屋本陣等の菩提寺。

次回:5/20 あらかるとコンサート(合唱)のご案内(5/23 栄公会堂14時~無料)
[2015/05/16 07:30] 史跡 | コメント(-)