(続)新選組シリーズ:沖田総司終焉の地。 

千駄ヶ谷池尻橋、植木屋平五郎宅…が定説。病床にあって庭に来た黒猫を異常なまでに追いかけ切ろうとしたという話が伝わっています。京都の壬生寺では女学生によるノートの書き込みが絶えません。残念ながら顔写真は残っておりません。言い伝えによると‘浅黒いのっぺりした顔で背は高く常に冗談を言いながら近所の子供たちとよく遊んでいた’とのことです。剣は天然理心流免許皆伝隊内随一の腕前であったと伝えられる。相手の剣を跳ね上げすばやい突きの連続技(三段突)が得意ではなかったかと記憶しています。総司はろう咳(結核)で早死にしました。CIMG0641-1.jpg

[2007/12/22 21:59] 歴史 | コメント(-)

(続)新選組シリーズ:土方歳三生家古写真 

土方歳三生家。日野石田村。現在はすっかり新しい今風の豪邸になっておりましたが庭の片隅に武士になる夢を託して植えられたという矢竹が今でも残っています。写真で見るようにいい男でもてたようです。しかし局にあっては‘鬼の副長’で恐れられ新撰組の組織としての規律を冷酷なまでに守り通した鉄の男。‘局中法度 ’が有名です。多摩時代には背中に剣道の道具を背負い家業の石田散薬を売り歩き行商をしたとの話が残っています。最後は函館戦争で鉄砲玉にあたり戦死。遺体は未だもって不明。近くのお寺(名前忘れました)に土方家の墓があり写真も撮ったのですがどこに行ったのか見つかりません。CIMG0639-1.jpg

[2007/12/22 21:55] 歴史 | コメント(-)

(続)新選組シリーズ:近藤勇生家古写真 

近藤勇生家の古写真です。昭和18年まで現存。場所は三鷹と府中の交差地点、人見街道沿い。行ってみましたが現在は道路が整備されていて産湯を受かった井戸などがひっそりと残されています。流山で偽名(大久保大和)が露見し捕縛され、最後は板橋の刑場斬首。雨の降る中縁者が遺体を掘りに行ったという古老(縁者)の話が伝わっています。自称近藤勇の墓は全国に何箇所かあります。余り知られておりませんが会津の天寧山の中にも土方歳三が建てたといわれるがあります。うっそうとした森の中に寂しくたたずんでおります。(2年前に訪問)
CIMG0636-1.jpg

[2007/12/22 21:47] 歴史 | コメント(-)

円覚寺山門 

冬の鎌倉風景です。円覚寺

[2007/12/22 13:48] 神社・寺院 | コメント(-)

弥勒観音菩薩像 

やはり‘法隆寺境内’の中のこの写真がうまくでないようです。(対処しました。多分OKの筈です。12/14)011-1.jpg


[2007/12/14 11:57] 仏像 | コメント(-)

法隆寺山門の仁王像 

先に出した‘法隆寺境内’の中の写真がうまくでない時がありましたのでここに出しておきます。005-2.jpg

[2007/12/13 21:11] 仏像 | コメント(-)

法隆寺境内 

009-1_20071213104133.jpg
前に撮ったものですが最近撮りに行くチャンスがないもんで中継ぎです。仁王さんが最近の世相に怒っているようです。なおこれは宝物殿の中の菩薩像です。
[2007/12/13 10:44] 歴史建造物 | コメント(-)

サーバーメンテナンス中?→直りました。12/5。 

現在、記事の中の写真や音声をアップロードしているブログとは別のサーバーが機能していません。暫く様子を見るしかないですね。折角のところ申し訳ないです。
[2007/12/04 21:31] 未分類 | コメント(-)