水彩 

昨年11月から水彩を始めました。まだ数点(すべてF6)ほどですが
自分への励みとブログの‘ネタ’稼ぎのため恥を承知でUPします。
ご笑覧下さい。春が待ち遠しい!早く風景画が描きたいです。
100115水彩第二作

(第二作目(草原を駆ける)。木の模型自動車と英国風コテージ。
 下または左のカテゴリー‘絵画作品’をクリックすると第一作を
 含めてすべてが表示されます。)

(先生の指導事項:光はどちらから来ているか、従って陰はどこに出なきゃ
 いけないか、各々の面の色の濃淡を付けているか?→やや曖昧なところが
 ありますね。→その後、前輪気に入らず、少し修正を加えました)

100131水彩画(船長)

(第三作目/海の覇者。人物、船などはまあまあかなと思ったのです
 が背景の塗りが難しい!最初は濃い目に塗って満足行かず、トーン
 を落としてやっとここまで。海と夕焼け空のイメージを狙ったので
 すがどうでしょうか?もう少し明るくても良かったかな?右側に比
 べて左側が‘軽い’ですね。5日の展示までにもう少し手を加えます)

(2/5~12日まで桂台中央の‘さくらギャラリー’(895-4321)で‘すずら
ん写生会’の仲間展が計画されています。新参者の引き立て役です
が恥ずかしながら水彩3点ほどを出させていただきますのでお近く
の方、お時間あればお立ち寄り下さい)
[2010/01/31 20:50] 絵画作品 | コメント(-)

大塚・歳勝土遺跡(&都築古民家) 

またまた地味な内容ですみませ~ん!遺跡お勉強の時間で~す。
次回投稿2/1までの間、何回かの追加説明を加えます。

昭和43年港北ニュータウン開発にて発見。当時の空中写真。
実際の遺跡は左側の県道が縦長に縦断し分断されています。
これは聞くところによるとこの近くに‘茅ヶ崎城’の遺跡発見
がありここを開発から外す代わりの役人同士の譲歩だそうです。
100108大塚・歳勝土遺跡

‘大塚’…とは‘上杉関東管領’の大きな塚があったということで今も
この近くに大塚という地名があります。‘歳勝土’(さいかちど)…‘歳勝’
とは‘くわがた虫’のことで‘土’がついて‘くわがたのいるところ’の意。
主として‘大塚’は集落、‘歳勝土’はお墓の遺跡です。集落と墓がセット
になっている‘ムラ’は非常に珍しいものです。


4回目の訪問になりますが初めて地元のボランテイアさんの説明を聞きました。
市営地下鉄‘センター北’でおりて10分ほどのところに‘横浜市歴史博物館’
がありその2階に案内してくれるボランテイアさん達がいます。
遺跡(国史跡)はここの3階から陸橋を歩いて5分位のところ。

遺跡全体にはすべて1.5mの盛土が施されていて、実際の姿は1.5m下に
隠れているということです。これはどこの遺跡もすべて同じ。理由は
後世に掘り起こして再調査できるように現物保存されているのです。

100108大塚・歳勝土遺跡
(縄文・弥生・古墳時代と続いた遺跡で‘累積遺跡群’と呼ばれます)
(3時代合計の住居跡の数は115軒ありますが大体20軒程度が同時に
 建っていた数と考えられ人数はおよそ100人程度と想定されています)

100108大塚・歳勝土遺跡
(外敵からムラを守るため大きな濠を巡らしています(環濠)。外側には木柵・土塁がつられていたようです)
(縄文時代は集団というものがまだそれ程発達しておらず従って‘争いごと・戦争’というものが無かった
 のですが弥生に入ると次第に権力者・リーダーが生まれ、食料調達を主として抗争が始まったようです。)

100108大塚・歳勝土遺跡
(建物の形は唯一登呂の遺跡で発見された建物の残骸や土器に描かれた絵などによって
 想定された形です。従ってどこの遺跡でもこれに倣って同じような形になっている筈です。)
(この建物を造るのに1棟2千万ほどかかったとのことで、一寸したマンションが買える値段です)

(住居跡の形は縄文は‘○’、弥生は‘○’か‘楕円’、古墳時代は‘□’が多いです。この
 写真は弥生から古墳時代かけてに3回建てかえられています。ここだけは地面から
 1.5m下がった当時の位置で特殊な化学処理を施されて再現されています。あいてい
 る大き目の丸い穴は食料の貯蔵用、小さいのは柱を立てる穴、左側の‘開口部’は
 床暖房‘オンドル’みたいな物かまたはバリアフリーのスロープではないか…など
 とも云われており勝手に想いを巡らすのも楽しいことです)

100108大塚・歳勝土遺跡
(8本の整然と並んだ柱の穴の形から想定してこれはこのような高床式のとち、
 どんぐり、くるみ、いもなどを備蓄した
穀物倉庫であろうと考えられています)
(脚柱に‘ねずみ返し’がついていますね。この知恵は古墳時代から多くなるのですが…)

(手前の木の臼は浜松の遺跡から出たものとそっくり同じ形で作られています。
 しかしこの形のものがここで使われていたとは一寸考えにくいです)

100108都築古民家
(江戸時代の都築郡牛久保村の旧家で名主を務めていた長沢家住宅
 が遺跡から地続きで約5分位で行けます)(横浜市有形文化財)
100108都築古民家
(内部。一番奥が代官などの役人をもてなした部屋/一つ前の写真の一番左側の部屋)
100108都築古民家
(名主なので‘寿’の字を入れることが許されていました。屋根に張ってあるのは鳥よけのワイヤーです。
 これによって長年悩まされていた‘鳥害’から開放されたとのことでした。)
[2010/01/28 08:00] 遺跡 | コメント(-)

水辺の宝石 

カメラぶら下げ地元イタチ川を散歩中いつもの‘カワセミスポット’で
幸運のめぐりあい。暖かい陽気のせいか、数羽が独特の泣き声を出しな
がら川を行ったり来たり。雄が雌を追っかけてたのでしょう。
これは二枚目の写真の鳥が木にとまった直後です。上下のくちばしが黒いので雄ですね。

カワセミの生態観察がありましたので紹介します。じっくりカワセミの勉強をして下さい。

100106カワセミ
(何枚か撮った内の1枚。残念ながら‘休憩中’の姿しか撮れませんでした。
 次回は‘連写’で下のような‘動きの瞬間’を狙ってみたいです)
100106カワセミ
(これはお隣で構えておられた鎌倉のカワセミ撮りのベテランY.Iさんの一枚です。
 ご承諾頂いた上で原画を多少レタッチしました。偶然にも同じカメラでした。)
[2010/01/24 08:00] | コメント(-)

吊るし飾り 

100120吊るし飾り
(M.Yさんからの情報で上大岡の京急デパートへ見に行きました。
 3Fの京急側に飾ってあります。中々見事なものでしたよ。)

100120自家製吊るし飾り
(到底比較にはなりませんがこれは自家製のつるし飾り)
[2010/01/22 16:22] 手工芸作品 | コメント(-)

盗人狩 

盗人狩、‘ぬすっとがり’と読みます。昔、盗賊が追い詰められこの
上まで逃げてきたが断崖絶壁に阻まれ捕らえられたということから付
けられたようです。それにしても面白い名前を付けたものですね。
場所は城ヶ島の西側、三浦半島の南端。

10/1/4盗人狩
10/1/4盗人狩
10/1/4盗人狩
10/1/4盗人狩
(‘盗人狩’という小さな看板を見落とし行き過ぎてしまいました。メインの道路
 から毘沙門港の道に入りすぐのところに駐車。そこからが少し大変。ごつごつし
 た岩場のアップダウンをかなり歩いてようやく着きます)
[2010/01/20 23:00] 海の風景 | コメント(-)

立石海岸の落日 

立石海岸。立石県営駐車場(無料)に16時半前に入りましたが満杯で
かろうじて1台空きが出て滑り込みセーフ。すでにカメラマンで一杯。
水平線に雲がありSUNSETの様子は残念ながら撮影できませんでした。

3月になると太陽はずっと右の方へ移動し富士山も入れて構図として
は最も良くなります。更に4月になるとダイアモンド富士が出現。


100104立石海岸

100104立石海岸

10/1/4立石海岸
(海に突き出ているのが‘立石’)

10/1/4立石海岸
(駐車場のところから海を見下ろす感じで撮ったものです。夕日にきらめく海面の細かい波の様子がきれいです)

100104立石海岸
(今度は下に降りてできるだけ‘目線’を地面すれすれにして波打ち際を強調。下も同じ。)

10/1/4立石海岸


(人の声が入ってしまいましたので曲/(バッハ)を入れて消しました。従って波の音は聞こえません)
[2010/01/16 19:00] 海の風景 | コメント(-)

(続)愛の妙薬から‘人知れぬ涙’ 


(探していた楽譜付きの動画を見つけましたので再度UPします)
(音楽好きの方、特にテノールの人、譜面を見てチャレンジしてみたらどうですか?)
(迷惑、騒音防止条例に要注意)
09/11/1オペラ‘愛の妙薬’県民ホール
(09/11/1横浜県民ホールにて‘ドニゼッテイーの歌劇‘愛の妙薬’
 、お仲間のM.Kさん(前列右端)が村の娘役で出演。上の動画は左端
 のネモリーノが第二幕で歌う‘人知れぬ涙’。名アリアです。)
[2010/01/13 13:00] 演奏会 | コメント(-)

(続)‘真弓’特集: 

しっとりとした大人の歌。大好きな歌手NO1です。

(リバイバル)
心の友:


(数ヶ月に1回程度こういうのいいですか?次回は‘陽水特集’で行きましょう。
その後は‘中島みゆき’?、その後は‘さだまさし’、‘谷村新司’?)

[2010/01/13 08:29] 歌手(動画) | コメント(-)

地元の古民家 

正月は毎回、散歩がてらここ本郷ふじやま古民家へ。昨年は4日に行って閉まってて
5日からオープンとのこと。今年は安全をみて6日に行ったのですがなんと開いてい
ない!どういう訳?仕方なく外から中を撮ってきました。

100106本郷フジヤマ古民家
(行く途中の竹林)
100106本郷フジヤマ富士講石碑
(頂上の‘富士講石碑’。前は平らな広いスペースです。)
(富士講とは?…江戸中期、主に町人層に広まった富士山信仰を中心とする教団。
 修験道・弥勒(みろく)信仰を習合するが、神道系の教義を説く。講を組んで富士
 登山を行なったり、市中に築いた富士塚に参詣した。…三省堂大辞林より)
(公田村の村民もここに集まり遠く富士を拝みながら円座を組み飲食をしたようです
 つい15~20年位前まではまだこの風習はあったことを地域史研究会で地元の古老か
 ら話を聞いたことがあります)


100106本郷フジヤマ古民家
(竹林を過ぎて古民家へ到着。旧本郷村の名主‘小岩井家住宅’。
 周りには誰もおらずしっとりと落ち着いた雰囲気)
100106本郷フジヤマ古民家
(塀の隙間から中を覗き見)
100106本郷フジヤマ古民家
(古民家の屋根を望んでの里山風景)(屋根に街路灯が写っています)
(手前の植物は何でしょうか?)

100106本郷フジヤマ古民家
(梅はまだまだこんな感じ)
100106本郷フジヤマ古民家
ニシキギ科‘マユミ’真弓という木です。初めて聞きました。ご存知でした?これは花びらではないそうです。
(歌手の五輪真弓さん、思い出しました。忘れられない歌が一杯あります。なつかしいなあ~。
それでは‘古民家’からお次‘真弓特集’へ~)

[2010/01/12 08:00] 風景 | コメント(-)

お知らせ 

横浜市栄区桂台の‘さくらラウンジ・ギャラリー’(tel 895-4321バス停 桂台中央のすぐ前)
にてプロの写真家小島保氏の写真展(1/8~21)が開かれています。私も今日拝見させて頂きまし
ましたが写真(富士山)好きの方にとっては見逃せない高水準の作品ばかりです。お近くの方は
是非お立ち寄りになっては如何でしょうか?ホームページを紹介しておきます。
[2010/01/10 15:23] 個展・展覧会 | コメント(-)

三殿台遺跡の記事訂正 

竪穴住居の周囲の‘溝’を排水溝と書いてしまいました。今日、大塚・歳勝土遺跡に行って来ました
が現地の専門員にご案内頂きお話を伺い、排水溝でないことがわかりました。詳細は前の記事の訂正
箇所(赤字)をご覧下さい。別にどうでもいいよ~と思われる方もよかったらここを一寸クリックしてみて!。
[2010/01/08 19:48] お知らせ | コメント(-)

剱崎 

神奈川の景勝50選の一つ。剱崎灯台入口(看板)から入り
細い道を辿り、突き当り。置き場は有料駐車場しかありません。
(僕たちは‘けんざき’と呼んでいますが正式には‘つるぎさき’
 です。灯台のところにはそう表示してありました。)

100104剣崎灯台
(灯台より海を一望)

剱崎の名称は1660年頃徳川幕府の財を積んだ船が岬の沖で難破した
時、岬の突端から海南神社の神主が剣を海に投じ龍神の怒りを鎮め
たことから命名されたそうです。


10/1/4剣崎
(海岸入口あたりからの風景。視角160°位)
10/1/4剣崎
(少し海岸寄りに行ったところから)
10/1/4剣崎
(一際目を引く‘ふたこぶ駱駝’みたいな岩山)
岩陰から‘恐竜’がじっと沖を見つめています
10/1/4剣崎
(空中に浮いた岩の架け橋)→(嘘)→‘だまし絵ならぬだまし写真’?
(手前は海水溜まり。地表スレスレで撮り遠方の海を入れないようにして
 みました。一寸面白いでしょ?)

100104剣崎海岸
(昨年9/19投稿の荒崎海岸もこことほとんど同じような感じです。)


(動画で潮騒の音など聴いてみて下さい)
[2010/01/08 08:00] 海の風景 | コメント(-)

ブログへの投稿スタイルについて 

今回はお知らせです。今後以下のような調子で投稿したいと思って
おりますのでよろしくお願いします。(皮切りは‘三殿台遺跡’で
す、少し長くなってしまいましたけど…)

①体調、お天気にもよりますが原則として4~5日に一回数枚。
 (このピッチ少々きついですけど…なんとか)

②初回の投稿は写真と簡単なコメント。

③二日目以降次回投稿前日までは追加説明や場合により地図など。
 (初回記事と色を変え追加コメントであることが識別できるよう
  にします。この追加説明はインターネットや、資料などで調べ
  ますのでわたしにとって良い勉強になりますし記録としての
  意味も持たせたいと考えております)

④これらの‘説明記事’が‘うざい’と感じられれば写真だけ見て
  下さい。

 月末までの投稿は‘剱崎海岸(含む動画)’、‘地元の古民家’、
 ‘立石海岸の夕日(含む動画)’、‘盗人狩’、‘水辺の宝石’、
 ‘吾妻山からの富士山’を予定しています。
[2010/01/07 11:40] お知らせ | コメント(-)

三殿台にて古を偲ぶ。 

091227三殿台遺跡
(約3000年の間、ここでいにしえの人達が暮らしていました。全部で250軒を
越す遺跡。縄文/8軒、弥生/151軒、古墳時代/43軒ほかの竪穴住居跡。
国の史跡。手前は‘弥生’、少し見にくいですがずっと奥に‘縄文’の
2棟があります。標高55mの小高い丘に1万㎡のフラットな敷地があり住
みやすかったのでしょう。歴史のタイムスリップを味わって下さい。
敷地に見える多くの丸い‘囲み’は住居の跡です。)

 ‘囲み’がだぶっているものは何か?…ということですが、火災などで焼失し
  新しく穴を掘り新築・増築したケースがあります。わらぶきですので簡単
  に燃えてしまいます。多分そうではないかと想像するのも面白いものです。


2000年前と云えば古代ローマ時代。皆さんご承知のようにすでにこの
写真
のごとくすごい都市が建設されていました。同じ頃我日本は地面
に穴を掘り柱を立てわらぶき屋根の生活です。この大きな落差!農耕
民族と狩猟民族の差?島国と常に侵略の危機にさらされている地続き
の差?しかしその後明治の文明開化と共に得意の模倣文化に花が咲き
追いつき追い越せでとうとう彼らを凌駕する域にまで達しました。
すごい能力を持っているのですね、我々日本人は。


091227三殿台遺跡
(約2000年前弥生中期の竪穴住居/復元)
 (竪穴とは地面を縦に掘り下げた穴という意味ですが‘竪’を漢和辞典で引くと
 ‘真っ直ぐに立てる’とあり正字は‘豎’、‘竪’は異字です。‘縦穴’として
  もいいと思うのですが学者がかっこつけたのでしょう。対する言葉は横穴古墳、
  鎌倉に多く存在する横穴墓/おうけつぼ、などの‘横穴’です。)

091227
(内部:四本の柱に支えられた入母屋造り。床の北側に炉が掘られていました。
‘台所’は屋内にあったでしょうから火災は起こりやすいでしょうね。周囲は雨水溝

訂正します。土の壁がむきだしだと冬は寒い訳でこの溝に沿って細木や、
わら・よしずなどを置いて断熱材にしたか生活に必要なこまごました‘家財道具’
を並べたもののようです/1月8日大塚・歳勝土遺跡の専門説明員のお話。
なお、奥に見える1.5m位の土壁は建物の外周に土盛りして雨水や獣
などが入って来ないようになっています。因みに床面と外の地面は
ほぼ面いちになっています。


091227三殿台遺跡
(この2棟/復元は5000年前の縄文中期のもの。この日当たりのよい丘に数件の‘ムラ’を造って住んでいました。)
(縄文は約4~5千年前、弥生は2~3千年前と考えて下さい)

091227三殿台遺跡
(発掘当時の姿が処理を施され建物の中に保存されています。町中で発見された
遺跡の多くは宅地開発などで調査が終わると埋め戻されてしまうのが通例です
が国の史跡でもあり保存されています)

(斜め右上の四角いへこみ部分は何でしょう?雨水溝と同じレベルになっている
 から‘雨水だまり’か?現在の住宅街の遊水地みたいなもの?排水溝に水が
 どんどん溜まって行くと部屋の中まで水びたしになりますね…。こんな狭いス
 ペースに沢山あいている穴は柱の穴ではないでしょう。ここに低い支柱を立て
 ‘すのこ’を引いてリビングルームと行き来していたのでは?勝手な想像)

 →上と同様に訂正します。この四角いところは部屋の中の一部だったようです。
  
091227三殿台遺跡
(深鉢形土器:縄文中期。どうでしょう、この力強いデザインは!有名な縄文の
 火焔土器とも違った形です。弥生までは技術がなく‘野焼き’即ち地表で大気
 の酸素をふんだんに使い焼成しますので酸化鉄で赤っぽくなります。
 
 少し解説:古墳時代あたりからは須恵器が多くなり窯を作り焼成の最終段階で
 窯の入口を塞ぎ酸欠の状態で更に焼き続けると土器の土の中の酸素が燃焼
 に使われ土器の色は土本来の‘灰色’となります/還元焔焼成法)

091227三殿台遺跡
(昭和36年発掘当時の写真。大昔は恐らく根岸湾がこの丘の下辺りまで迫り
 漁などをして生活していたものと思われます。魚の骨で作られた釣り針や
 矢じりなどが出ています。なお右下の三叉路のところに地下鉄弘明寺か
 ら出ている市バス‘三殿台公園’のバス停があります


次回の遺跡紹介は‘歳勝土遺跡’を予定しています。
[2010/01/05 08:00] 遺跡 | コメント(-)

BON VOYAGE !いざ夢に向かって! 

新年明けましておめでとうございます。
    
    今年も安全航海に心がけ、
        周りを楽しみながら、
           ゆっくりと進んで
              参りたいと思います。
    
              本年もどうぞよろしくお願いいたします


091225横浜大桟橋飛鳥2
横浜大桟橋にて出航を待つ飛鳥Ⅱ
(デッキの谷間をやや右に持ってきて飛鳥の姿をもう少し見せた方がよかったかな?…写真に詳しい
 T女史のコメント。→ありがとうございます。確かにもう少し左側から狙った方が良かったかもね~)

 (右端の若いカップルいい感じね。‘若き日は早去りて、帰り来ぬかの昔、思い出もなつかしや…’かな?)

091225飛鳥よりみなとみらい
(また左が‘少しうるさい’とのコメントも頂きましたので少しトリミングしてみました。
 そう言われてみると左の‘黒い突堤’が気になるな~、ぼくとしては左端の夕日の赤を
 切りたくなかったんだよね~。皆さんどちらが良かったでしょう?やはり下かな?)
091225飛鳥よりみなとみらい
(船尾側)
091225飛鳥よりみなとみらい
(出航間際)
091225横浜大桟橋飛鳥2出航
思い思いの夢を乗せて飛鳥Ⅱ世号の出航。無事なる航海を!一回この大きな船に乗っ
て見たいです。(旧:クリスタルハーモニー、5万トン、全長241m、幅30m、1990年建造)
091225横浜大桟橋パシフイックビーナス出航
その30分ほど前にパシフイック・ビーナスが出航。少し小柄ですが
この船には2回乗ったことがあります。学生時代の友人がIHI時代、
建造に携わったということもあってなんとなく近親感があります。
俄か雇いのキャビンマネージャー
091225横浜大桟橋パシフイックビーナス出航
(どこへ向かうのでしょう?‘ゆめの島’?/東京湾のじゃないです)

 さて今年はあなたにとって‘どんな年’になりそうですか?
    ‘そんなに変わるもんじゃないよ’、‘多分去年と同じだろうね’、
        ‘一つだけでいいから何か違ったものにしたいな’…思いは様々でしょう。

 しかし滅茶苦茶違ったものには成り得ないにしても
    ‘ちょっぴり’変化を持たせたい気持ちはありませんか?
         毎年少しずつの積み重ねが思わぬ‘CHANGE’をもたらすかもしれません。

 お互いの1年後に期待しましょう。

[2010/01/01 00:00] | コメント(-)