夜景特集(リバイバル)

以前に撮ったものですが‘涼’を求めて再登場。
090420函館夜景
(函館山から/日没直後…やはりここは最高)
090922ランドマークからの夜景
(横浜ランドマークタワーから)
090320六甲山からの夜景
(六甲山展望台から…範囲が余りに広すぎて~)

(後、長崎の夜景が残っております。いずれ。)
[ 2010/08/31 08:00 ] 夜景・ライトアップ | TB(-) | CM(-)

かながわシニア美術展

8/26~29まで県民ホールギャラリーで第9回かながわシニア展が開かれました。初めての
挑戦でしたが20号水彩「ワールドポーターズ」を出品。運良くというかまぐれというか入選
させて頂き今後の大いなる励みとなりました。来年は‘写真の部’に出して見ようかと考え
ています。後押しして下さった方々に感謝いたします。(29日夜、27日付で投稿)

100829かながわシニア展
[ 2010/08/27 23:00 ] 個展・展覧会 | TB(-) | CM(0)

竜馬暗殺考4…(実行犯)

戊辰戦争から函館戦争と転戦し榎本武楊と共に降伏した者の中に今井信郎なる人物あり。元京都見廻組隊士。
刑部省の取調にて‘京都見回組、組頭佐々木只三郎の指図により渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂早之助、土肥
仲蔵桜井大三郎らと坂本竜馬を殺った’と自白した。また明治44年8月に同じく元見廻組隊士、渡辺篤(旧名

:鱗太郎)が「渡辺家由緒歴代系図履歴書」を著し「首尾よく悉く討果たし候也」と自分が刺客の一員であっ
たことや他に佐々木、今井、世良敏郎(小林甚七改め)がいたことを死ぬ間際に表明
。これらの自白の内、今
井の供述の中の具体的な氏名については当時すべて戊辰戦争で生存していない者ばかり。存命中の真の実行


仲間の生活に配慮した可能性が多分にあり信憑性に疑問が残る。しかし渡辺の話は永代まで伝わる「家系書」
に書かれていることや現場にいた者でなければ分からない事実も有り信ずるに足る供述内容だと思われる

(明治2年政府は‘私怨によらない旧幕時代の暗殺(公務)は罪に問わず’との通達を出していたが今井信郎
には伝わっていなかった可能性大)。

100803竜馬暗殺犯
       今井信郎         (実行時の年齢は共に30歳前後)       渡辺篤

101109今井信郎・渡辺篤
(若いころの写真)
…ということで実行犯は通説通り‘京都見廻組’の7名だと思わざるを得ない大政奉還後のことで今や
竜馬一人を殺しても天下の大勢はどうにもならない筈で、暗殺の真の理由は分からないが以前から出され
ていた幕府上層部からの竜馬捕縛命令(「時には始末も可」)を実行したか場合によったら寺田屋事件


で竜馬にピストルで配下を殺された報復または組織としての面子晴らしであったのかも~~?因みに近江屋
の配置は現場の8畳に直接実行犯2名(今井、渡辺)、隣の6畳に待機1名(瀬良)、階段に指揮者(佐々木)
1名、1階家族拘束に1名(?)、見張り1名(?)、外での伝令役1名(?)だったと言われています。
(これが‘暗殺’であったのか‘乱闘の末’のことなのかは不明であるが今井は暗殺ではないと話している)

追記:明治43年12月17日付「大阪新聞」の質問状に対して今井は「1暗殺に非ス、幕府の命令に依り職務ヲ以っテ捕縛ニ向ヒ格闘シタルナリ、2新選組ハ関係ナシ…」と返書している。静岡県牧之原に隠遁、
農業に従事し茶、蜜柑、オリーブ、ネーブルなどの栽培を行う。‘静岡のお茶’の今日あるは幕府崩壊後、
士族達が慶喜のお膝元静岡でお茶の栽培に苦労した賜物です。村長、郡農会長を勤め晩年はキリスト
教に帰依し賛美歌などを歌ったという。大正6年6月19日没。渡辺篤は大正4年1月6日73歳で病没。


(続く…次回は12/10‘近江屋井口家文書’、‘同士林謙三の現場目撃談’の紹介)
次回は息抜きに‘小田和正特集’(‘さよなら’、‘今日もどこかで’、‘風のように’)
[ 2010/08/25 04:10 ] 坂本竜馬 | TB(-) | CM(0)

吹割の滝(2)

(1)の続きで同じような写真ですが…。
吹割伝説:
滝つぼは昔から竜宮へ通じているといわれており、村で祝儀などの振舞ごとがある度に竜宮か
ら特別な‘膳椀’を借りていた。必要になるとお願いの手紙を書いて滝に投げ込むと渦に巻き
込まれて深い竜宮へと届けられる。前日には頼んだ数の膳椀がちゃんと岩の上に置かれていた。

お礼の手紙をつけて岩の上にお返しするといつの間にかなくなり竜宮へ届けられた。ところが
ある年のこと借りた膳椀の数を間違えて一組だけ返し忘れてしまった。竜宮では貸した膳椀が
不足していることを知り以後いくら丁寧に頼んでも借りられなくなってしまったとか…。


今でもこの返し忘れた膳椀は‘竜宮の椀’と呼ばれ大切に保存されている。
…こういうお話は理屈ぬきに面白いです。どのような背景から生まれたのでしょうね?
 物の貸し借りはきちんと行わないと貸してくれなくなるよ!という教えかな??

100810吹割の滝
(水量、夏枯れ?)
100810吹割の滝
                    (竜宮へ通じる道はこの下辺りか?)
100810吹割の滝
100810吹割の滝
(クリックすると急に音が出ますのでご注意下さい)


(次回は‘竜馬暗殺考4…実行者’…NHK大河ドラマの進み具合より相当早いですが~ぼくの推理です)
[ 2010/08/22 08:00 ] 風景 | TB(-) | CM(0)

地元の神社

春日神社…平安時代の創建。昔はこの辺り(小菅ヶ谷)一帯を含め鎌倉群の総鎮守
であったが今はひっそりと佇んでいます。藤原氏が凋落し源氏に権力が移った
ため廃れてしまい、その後、鎌倉の鶴岡八幡宮に中心が移って行きました。境内
に立つといかにも神社という雰囲気に包まれます。
100716小菅ヶ谷散策
(長い階段を上がった上に左右に鎮座するこま犬。足で押さえつけているものが一風変わっております。)
100716小菅ヶ谷散策
(奉献俳句…神社の建物に掛けてありこういうのは大変珍しくめったにお目にかかりません)
100716小菅ヶ谷散策
(神社の建物の中の彫刻。桟の中にカメラを無理に突っ込み撮影。なかなか精緻な彫刻です)
100716小菅ヶ谷散策
(春日神社全景)(彫刻が有るのは右横、奥の方に見える桟のある窓の中)
100716小菅ヶ谷散策
(正面の彫刻…多分、江戸中期のものらしいです)

 「七つのお願い」…
     ①後10年は生きますように。→まだまだ未練たっぷり。
     ②認知症・アルツハイマー・寝たきりになりませんように…。
      →多分大丈夫!~しかしなったら介抱する方が大変だ!
     ③大きな病気にかかりませんように。→保険も当てにならないし~。
     ④これから先は好きなことだけやれますように。→我がままBEST。
     ⑤お金に困りませんように。→②がなければねえ~。
     ⑥一族郎党が健康で幸せに過ごせますように。→心から願う。
     ⑦子供への虐待が無くなりますように。→ほんとにひどい話が多すぎるよ。


   皆さんもパソコンの前の神社に‘願’をかけて下さい!きっと叶えられます。

(次回は再度‘吹割の滝(2)’…竜宮伝説)
[ 2010/08/20 08:00 ] 寺院・神社 | TB(-) | CM(0)

吹割の滝(1)

100810吹割の滝
前後左右あらゆる方向から流れ落ちている)、(この下に‘竜宮’に通じる道があるとか…詳しくは後日(2)にて)

約1万年前にできた吹割(ふきわれ)渓谷(群馬県)の滝。滝が
徐々に後退し上流の平たい地形(千畳敷)に侵食し続けている。

昭和11年、天然記念物に指定された吹割の滝は東洋のナイヤガラと言われている。凝灰岩、
花崗岩の川床を流れる片品川の清流が岩質の軟らかい部分を浸蝕し多数の割れ目が生じた。
あたかも巨大な岩が吹き割れたように見えるところから、”吹割の滝”の名が生まれる。

(下の看板の説明では割れたところからしぶきが吹き上がるところから…となっています
 がどちらが正解なのでしょう?)
(こちらの方がぴったり来ますね~)
(増水、氷結で危険なため冬期は遊歩道通行止め)。

100810吹割の滝
100810吹割の滝
滝手前の‘千畳敷’。この先がふきわれの滝。(遊歩道から)
100810吹割の滝
(割れ目の下は約10m位の落差)(夏季は水量が少ないとのこと)

(40秒位の動画。子供達の声が少し聞こえます。涼しさ感じませんか?)
(記念撮影で‘もう少しバック、バック~’、下へ落ちた事故があるそうです)
100810吹割の滝
(案内板/部分)

次回は‘地元の神社’を訪ねる。
[ 2010/08/16 06:30 ] 風景 | TB(-) | CM(0)

しだれえんじゅ

今年の2月に掲載した時は葉っぱも何もなく‘のっぺらぼう’でした。昨日同じ樹を撮ってきました。
比較してみて下さい。こんもりと葉が繁り、可愛い花も咲いています。(於:大船フラワーセンター)
100217しだれえんじゅフラワーセンター
(2010/2/23撮影…この異様な枝ぶりはどうでしょう?正に‘竜の爪’
100813しだれえんじゅの樹
(2010/8/13撮影…幹が見えないほどに葉が密生しています。場所はフラワーセンター入って右側
100813しだれえんじゅの樹
(グロテスクな樹の形からは考えられない可愛らしい白い花が)
100813しだれえんじゅの樹

ついでにフラワーセンター内の‘サルスベリとブットレア’。サルスベリは100日以上花が咲くので
百日紅(ひゃくじつこう)とも、ブットレアは芳香があり蝶を呼ぶためバタフライブッシュとも呼ばれる。
知ったかぶりをしましたが「説明書」の通りです。
100813サルスベリとブットレア
(次回は‘吹割の滝’)
[ 2010/08/14 06:00 ] 樹木 | TB(-) | CM(0)

ありがたいお話し

現役の時の仲間の集まりでいつも最後にK氏のお話があります。我々は彼を‘教祖さま’と呼んでおり、哲学的な、高邁な、分かったような、分からないような話をしてくれます。読者の皆さんにも一寸面白いかなと思い翻訳の上、紹介します。なお彼は長年‘天風会’に所属し研究熱心。(‘中村天風’←開けて見て下さい)‘’、‘’、‘身体(肉体)’、‘’…について。

あなたが病気になったとします。普通なら体の具合が悪ければ心まで萎えて弱気になってしまいませんか?そうなると治る病気も治らなくなる。それは‘心’の思うままに任せているからだと言います。人間にはそれぞれ固有の‘魂’が宿りその‘魂’が‘心’と‘身体’を支配しておる。云わば‘魂’は‘親’、‘心、身体’は子供、親子の関係にあるとのこと。(なるほど、何となくわかる

病気で‘身体’に異常を来たしている。しかし‘苦しい、つらい…’と弱気になるのは‘心’の勝手。子供を放任しているからそうなる。大事なことは‘魂という親’が‘心という子供’をコントロールし導きをしなきゃいけない。(うん?一寸難しくなってきた~そんなことできるの?

親は常日頃子供(心)に‘めげるな!大丈夫!気持ちを明るく!’…とポジテイブな‘信号’を発し続けなきゃいけない。この‘し続ける’ということが大事。ことに際して急ごしらえは駄目。役に立たない。常日頃が‘ポジテイブ思考’であれば落ち込んだり、悲観したりする必要は全くないんだ。(なるほど、そんなもんですかね~

最後に‘命’というものについて。‘身体’は物理的な細胞の集まり、いずれは無(亡)くなるもの。しかし‘命’は亡くなることはない。命は天から与えられたもの、物理的な‘肉体’に魂として吹き込まれたものである。(なるほど~!

‘身体’が生きているのではなく‘魂’が生きているのである。死ねば‘魂’は‘霊’として天にお返しするもの、‘魂’は先祖代々脈々と天界で生き続けているのである。‘身体’は現世の仮の姿に過ぎない。(よく言われる話だけど…実感としてはなかなかね~…

長くなりましたのでこの辺で。科学では解明できないものがありそうです。理屈はともかく、我々日常、常に‘めげない強い心’を持って臨め!ということでしょうか?。(よくわかりました。努力します)(以上)
(これは筆者の独断と偏見で簡易にまとめたものです)

読者の皆さん、どうでした?大したことなかった?要は定義次第ね。いろんな捉え方があっていいしたまにはこんなことも考えてみるのも一興か。(横に長く表示されてしまいました我慢して下さい)(次回は‘しだれえんじゅ’)
[ 2010/08/13 08:00 ] 情報 | TB(-) | CM(0)

竜舌蘭

‘数十年から50年前後の一生’に一回だけ花を咲かせる‘竜舌蘭’。横浜市港南区の
徳恩寺を訪ねました。とげのある葉の形が竜の舌に似ているとか。尤も竜の舌って見た
ことある?今月の15日頃まで見られそうです。花は下の方からしぼんで行きますが…。
100809竜舌蘭
2,3年前、幸運にもここで残りの2本の開花を見ることができました
100809竜舌蘭
(メキシコ原産の‘リュウゼツラン科の大型常緑多年草’)(花は下の方から枯れてきます)
100809竜舌蘭
とげのある葉とはどの部分をいうのでしょうか?一寸よくわかりません
100809竜舌蘭

(次回は‘ありがたいお話’)
[ 2010/08/10 04:00 ] 樹木 | TB(-) | CM(0)

等々力渓谷(2)

8月5日の‘等々力渓谷(1)’の続き。
100801等々力渓谷
(3号横穴墓…古墳時代から奈良時代にかけてのこの地域の有力農民のお墓。他に数個あり)
100801等々力渓谷
100801等々力渓谷
100801等々力渓谷
(等々力不動尊と茶店)
100801等々力渓谷
(次回は‘竜舌蘭’)
[ 2010/08/08 23:00 ] 渓谷 | TB(-) | CM(0)

地域史跡めぐり(2)

7/29の(1)の続き。今回も余り興味がわかない
テーマに付きご勘弁。2~3日の辛抱。
100716小菅ヶ谷散策
(小菅ヶ谷の名主、梅沢家の墓地入口を守る地蔵尊、光のスポットライトを浴び一寸いい感じでした)
100716小菅ヶ谷散策
(同じく、石仏群…手入れがされてなく草ぼうぼう。一寸淋しいね。)
100716小菅ヶ谷散策
(享保10年頃の木曽石仏、力石など…工事により元の場所からここへ集められたもの。
 こういう小さな石仏は元の場所が中々わからなくなってきているのが実情)
(力石で昔、近所の男達が力自慢を競い合った)
100716小菅ヶ谷散策
(‘いぼとり地蔵’…昔、いぼができると石を借りてきて治ると石を倍にして
  返したと伝えられている。横浜市で最も古い地蔵と言われている)
(次回は‘等々力渓谷(2)’)
[ 2010/08/07 23:00 ] 石造物 | TB(-) | CM(0)

等々力渓谷(1)

暑い中、等々力渓谷を歩いて来ました。整備されたのは僕が生まれる前。長い歴史があるのですね。都心近くに
これだけの自然が残っているのに驚きました。東急大井町線等々力下車。徒歩5分位で渓谷へ降りる入口です。
約2時間ほどの散策。
100801等々力渓谷
100801等々力渓谷
(御岳山古墳側の出入口にかなり広い無料駐車場あり)
100801等々力渓谷
(向こうに見える赤いゴルフ橋の際から渓谷に降り手前方向に進みます)
100801等々力渓谷
(谷沢川が崖を浸食して出来たもの。落差は約10m。結構多くの人達が歩いています。日陰になっているため助かりました)
100801等々力渓谷
(この陸橋/玉沢橋は‘環八’です)
100801等々力渓谷
100801等々力渓谷
(渓谷沿いの道の途中から右に折れ、階段を登り15分位のところに野毛大塚古墳があります。5世紀頃の前方後円墳。前長82m、
高さ10m、周囲に円筒埴輪が多数あり)
[ 2010/08/04 23:00 ] 渓谷 | TB(-) | CM(0)

竜馬暗殺考(3)

前回の(2)で刺客は‘右利き’としてしまいましたがその後ぼく自身迷ってきました。…というのは左利き
が刀を右から左へ払ったとしても竜馬がとっさに後ろにある刀掛けへ動く動作の向きは変わらない筈。左利
きであっても不思議では無いと思ったからです。部屋に入って来て竜馬の前に座った時、武士の作法として
敵意が無い意思表示のため刀は右側に置くものです。右利きだと右に置いた刀を一旦左に持ち替えな

いといけない訳でそれだけ相手に時間の余裕を与えてしまいます。竜馬も相手が十津川郷士とは言え
‘知らない顔’だなあ~と思ったに違いありません。しかし体調が悪く少し熱があった(近江屋家人の話)
ようで注意力が落ちていたのかもしれません。これが‘左利き’だと、作法通り刀を右においても本人から
すれば利き腕の方に置いてある訳でいつでも抜ける状態にある訳です。さあ~ほんとのところはどうなのか?

…残念ながら誰にも真実はわかりません。当時の剣客の利き腕がどうであったのかについて詳細な記録は
研究者が扱う文献はどうだかわかりませんが一般的なものはないと思います。僕が知っている限りでは元
新選組の斉藤一(後に藤田五郎と改名)だけです。この人は居合の達人だったそうですが仲間(原田佐之助)
の刀の鞘をわざわざ置いてくる筈も無くまた当日新選組の出動記録はなく多分これはないでしょう。
100802近江屋模型
(古写真をベースに再現した近江屋の模型。右側が入口、すぐに広い土間。土間奥の部屋から階段。
 すぐ左に6畳部屋。その奥に現場8畳の部屋。人形は8畳に竜馬と中岡、1階の奥に近江屋の主人と
 おかみ、子供、1階の土間に藤吉という相撲取上がりのボデーガード計6名を表す)
(次の‘竜馬暗殺考’は刺客の特定)(次回は‘等々力渓谷’、次々回‘地域史散策(2)’)
[ 2010/08/02 11:00 ] 坂本竜馬 | TB(-) | CM(0)