さよなら~2010、ありがとう! 

今年も無事何事もなく終えることことができて神様に感謝します。 (みなとみらい全館点灯/Towers Milight)
101224みなとみらい
(暗雲が重く垂れ込めています。来る年、悪いことが起こらないようにご一緒に祈りましょう)

→(しかしです!)→(与党のごたごたは続き,場合によっては分裂、そして益々国会はねじれ,国民の生活特に弱者,100回
面接を受けても入社できない若者、路上生活者、青息吐息の中小企業など,救済は一向に進まず、独り勝ちは減税の恩
恵を受けた黒字大企業のみ。外交では相も変わらず近隣大国に気を遣い,何をしでかすかわからないならず者国家の陰
に怯える経済大国?日本。利己的ではあるが安値安定でも恵まれているのは我々年金生活者だけ?結構結構,万歳~
~日本!)→(すみません。愚痴を言うのは今日中なので…)

やはり起こってしまいました!東日本大震災、大津波、原発事故、未曽有の大災害です。
この‘暗雲’が予言していたのでしょうか?(4月4日:記)


101224みなとみらい

イヴの日の 華やぐみらい ひとり撮る(馬笑)

今年もブログを見て頂きありがとうございました。3年間で約28000のカウントになりました。4日に一回投稿することを
宣言し何とかその通りできたのも読者あってのことで感謝申し上げます。齢と共にそのペースは少しきつくなって来まし
たが無理のないところでまた来年も続けますのでどうぞよろしくお願いいたします。皆さん個人個人に起こった今年の
重大ニュースは何だったでしょうか?それでは皆様、よいお年を!
[2010/12/31 08:45] 夜景・ライトアップ | コメント(-)

ステンドグラス 

やっと完成(Designed by harry,Made by wife)長いことかかりました。。ここは西日がさしますが写真
では生憎~NG。1月から今度はぼくが門灯制作(小物)に着手。
101229ステンドグラス
ステンドグラス作品X下書き
(右側が下絵。もう一枚左を作るのは一寸しんどいです~)
次回:12/31ミライト横浜2010(今年の最終回)
[2010/12/29 10:00] 手工芸作品 | コメント(-)

イヴの賑わい 

101224ナビオス横浜
楽しそうな若いカップルで華やいでいました。若いってことはほんとにいいなあ~僕たちにもこういう時があったよねえ~。
若き日は はや去りて 帰りこぬ かの昔 思い出もなつかしや~いやいや、これからが第二、第三の青春だよお!(笑)

Milightの 若き華やぎ 微笑まし (馬笑)
(Milightとはみなとみらいの光…‘みらい都’と表現してもよさそう~)
(一応季語はMilightということになりますが一般的には解説しないとわからないでしょうね。これこそ写真俳句ならでは)

101224ナビオス横浜
 (ナビオス横浜から)
  次回:ステンドグラス
[2010/12/28 06:30] 夜景・ライトアップ | コメント(-)

POP ART 

11/28掲載の‘横浜開港資料館広場’の作品(具象)をベースにデフオルメし抽象化してみました。これは
意外に面白いです。抽象化するには‘何を強調したいのか’が明確に意識されていないとうまくいかないようです。
ネタ稼ぎで出してみましょう。
 まずは具象画から:
101204開港広場
 次に‘抽象’:
101204POP
(左上から左下、右下、右上と進みます。4段階のデフオルメ。左上のはまだ何かが大体わかりますが最後
 の右上のものになると何が描いてあるのかわかりませんでしょう?絵の‘題’のつけ方次第ですね。…以上お遊び!)
  (寒くなってきたので旅行や撮影がしぼんで来てそろそろ‘ネタ切れ’になってきました…どうしましょう?!
風景がメインですがなりふり構わず何でも出しますよ~)
次回:イヴの賑わい
[2010/12/25 08:00] 絵画作品 | CM(0)

立石海岸 

101008稲村ケ崎
101008稲村ケ崎
101008稲村ケ崎
次回:POPアート
[2010/12/23 08:00] 海岸風景 | CM(0)

國藝展のご案内 

鎌倉芸術館で第31回國藝展が開かれています。23日まで。絵画・華道・水墨画・書道・写真・彫刻・陶芸の総合芸術展。
いずれも師範格の先生ばかりでレベルは非常に高いです。お知り合いの今中澄香さんの書。いつもながらアイデアに
富んだ先進的な書、テーマは宇宙衛星‘はやぶさ’の快挙を記念したものです。幅は2m位。

101219國藝展
(大宇宙・小宇宙をイメージしたサークルの中にひたすら字が小惑星のように流れています。そばで見てもなかなか読め
ませんでしたが…)
101219國藝展
(左上の拡大)
このような作品がありました。面白い!掲載の承認を取るすべがありませんが営利目的ではないのでお許し頂きましょう。
バックは平坦なキャンバスですがそこに猫の人形が張り付けてあり正面から見るとあたかもひな壇に並んでいるようです。
まるで‘だまし絵’のような錯覚になります。縦3m以上。大きいものでした。
101219國藝展
(次回:立石海岸)
[2010/12/20 21:00] 個展・展覧会 | CM(0)

瑠璃光寺 

国宝、瑠璃光寺。日本3名塔の一つ。瑠璃光…名前がいいですね~。
100930瑠璃光寺
100930瑠璃光寺五重塔
100930瑠璃光寺
100930瑠璃光寺
100930瑠璃光寺説明板
100930瑠璃光寺
(次回:國藝展のご案内)


[2010/12/17 08:00] 寺院・神社 | CM(0)

散在ケ池(2) 

‘さんざがいけ’の続きです。もう紅葉は飽きたかと思いますがもう少しご辛抱下さい。
これで最後です。長々とどうも~でした。
101206散在ケ池
(‘散策の小径’…旧世代の地層が表れしっとりとした雰囲気。チョロチョロ流れる小川には沢蟹がいます)
101206散在ケ池
101206散在ケ池
散在ケ池101206

しずまりて かわの宝石 いずこにや (馬笑)
    解説:かわせみがよく出るそうです。写真俳句(写俳)…写真とセットで一人前。

下の写真3枚は上の写真で池の向う側の周遊路側です。
散在ケ池101206101206散在ケ池

(落葉さくさく、感じいい~)→俳句化→(いい感じ 落葉さくさく ランララン♪)何これって?  一際目立つ真っ赤なもみじ。
101206散在ケ池
(次回:12/17国宝瑠璃光寺/山口県)
[2010/12/13 08:00] 残したい地元の風景 | CM(0)

竜馬暗殺考(最終回) 

今日の20時頃は坂本竜馬らが襲撃された日に当たります(新暦)。近江屋後裔井口家所蔵文書(明治33年)
には「脳傷ノ為メニ倒レラレタル処ヲ、二刺喉ヲ刺シタリ。然レドモ同氏ハ刺客ガ帰ルガ否ヤ、家ノ
主人ヲ呼ビ医師ヲ命ゼラレタリシガ」…とある。また同志林謙三(維新後は男爵海軍中将安保清康)は

事件の4日前、竜馬からの手紙を大阪にて受け取り誘われるように偶然16日未明修羅場へ駆けつけ
る。「処々ニ血痕ノ足跡ヲ認ム。余ハ階上ニ突進シ、氏ノ室ヘ入ルヤ、氏ハ抜刀ノママ流血淋漓ノ中
ニ苦悶セリ。眼ヲ次室ニ転ズレバ石川清之助(中岡)半死半生ノ間ニ苦悶セリ。又隣室ヲ望ムニ従僕

(藤吉)声ヲ放ッテ苦悶シツツアリ。ソノ背部ニ大傷ヲ見ル既ニ絶命ニ近シ」(犬尿略記)…と書き残し
ている。妻お龍(当時27歳)はその時刻、下関本陣の伊藤助太夫家で夢を見たと書いている。「竜馬が
全身紅ニ染ミ、血刀ヲ下ゲションボリト枕元ニ座ッテ居リ、モシヤト独リ心ヲ苦シメテ居リマシタ」

(反魂香)。お龍はその後明治8年第二の夫、西村松兵衛と再婚し横須賀に落ち着いた。明治39年1
月、米が浜海岸通りの裏長屋で寂しく息を引き取った。享年66歳。晩年は「竜馬が生きていたら…」
と口癖のようにつぶやいていたという。
101127お龍横須賀米が浜
(京浜大津、信楽寺にお墓がある。右は土地の人によって米が浜に標識版が立てられた)
101128お龍
(お龍の若い時/33歳ころ?と晩年のお龍)

竜馬が若い時に詠んだ歌:
     「世の人は 我をなにともゆえばいへ 我がなすことは われのみぞ知る」

100701坂本竜馬生家
(坂本竜馬生家古写真…郷士足軽の家が立ち並ぶ上町の一角にあった才谷屋。明治に入って旅館や
蚕種商店に変わりその後戦災に合い消失)


(11/28大河ドラマ最終回の襲撃シーン。結局襲撃犯が誰かは特定していませんでしたが最後の俳優の
字幕に京都見廻組佐々木只三郎、渡辺篤、今井信郎…の名前が出てきました。)
(これで数回にわたり連載してきたシリーズは終わります。僕も勉強になりました)
次回:散在ケ池(2)
[2010/12/10 08:00] 坂本竜馬 | CM(0)

散在ケ池(1) 

通称‘鎌倉湖’。明治2年、村民の水争い解消のため名主同志が話し合い、ため池を造ったのが始まり。その後大々的
に整備され現在に至っている。多少のアップダウンはありますが周囲をぐるりとハイキングできます。特に東側
(下の写真の向う側)の道からの紅葉が逆光になってきれいです。

101206散在ケ池
101206散在ケ池
101206散在ケ池
101206散在ケ池
101206散在ケ池
101206散在ケ池
大船駅より バスターミナル5番乗り場鎌倉湖畔循環「今泉不動」下車すぐ。 近くには、空海の伝説がある
稱名寺や大注連祭の白山神社など源頼朝ゆかりの寺社もあります。鎌倉湖から近くの天園ハイキングコース
や六国見山もいい散策コースになると思います。残り10枚ほどは後日。


次回は‘坂本竜馬最終回’…12/10(旧暦11/15)は竜馬らが襲撃された日にあたります。


[2010/12/07 11:00] 残したい地元の風景 | CM(0)

小倉城 

慶長7年(1602)、細川忠興によって築城。幕末には長州攻めの基地として使用されたが戦局むなしく自ら火を放って後退。
細川玉(ガラシャ)は忠興の夫人。1959年天守閣再建。石垣は‘切石’でなく‘野面積み(のずらつみ)’で豪快である。
1632年には細川家と姻戚関係にある播磨国、明石の譜代大名小笠原家が国を治めるようになりましました。

100930小倉城
宮本武蔵は7年間ここ小倉で過ごす。養子の伊織は小倉・小笠原藩家老。小倉藩の剣術指南役であった佐々木小次郎と巌流島
での決闘は余りにも有名。



100930小倉城
(生憎の薄曇りのお天気。真っ青な空が欲しいな~)
1009小倉城
(大名になったようなグーな気分)(ここの天守閣の中は結構面白
い!遊べます)
天守閣の中にはこんなのもありました。島原の乱、鎮圧の軍議。左側に家老の伊織もいます。

次回:散在ケ池(1)
[2010/12/04 08:00] 歴史建造物 | CM(0)

山下公園の秋 

101124山下公園から
(もう1枚はこの定番風景をスケッチ)…7日までに仕上げないと!翌日教室。できるかなあ~?
101206みなとみらい
(12/6、一応スケッチと影付だけ完成)

 すみわたる
     蒼き空
        漂う潮風に
            なんとも云えぬ           
                 癒しもらう

これ一応、即興の‘五行歌’。10年位まえ今新聞によく出ている草壁焔太先生についてほんの少しの期間やった
ことがあります。その内、やめてしまいましたが…。五行歌が認知されかけ始めていた頃ですね。俳句なんかより
自由度が有って入りやすいかな?

101124山下公園
(銀杏並木の黄葉、今が最高です。実に綺麗!)
101124山下公園

[2010/12/01 08:00] 街の風景 | CM(0)