横浜・鍛冶ヶ谷歴史散策

8/1から背景色、少し薄いブルーに変えました。散策もいい加減飽きたことでしょう。8/2で終わりです。

横浜市栄区鍛冶ヶ谷の史跡を歴史研究会の仲間達と歩いてきました。皆さんには余り興味のない話・写真だと思いますが
これはぼくの活動記録です。栄区役所前9時出発、大小いたち橋、石橋、村名石柱、江戸時代の横浜道(北の道)、宮の前
横穴遺跡、さいと焼跡、小岩井家(家碑、横井戸、稲荷社)、南の道、八幡神社、ふじやま公園古民家、富士講碑、七曲道

(明治12年)、相武国境道、一等水準点、正翁寺15時半解散。約1万歩の距離。炎天の中、暑い暑いと言いながらペット
ボトル3本がお腹に消えました。何でこんな時に計画したの?…とお互いにぼやきながら~。しかしびっくりしたのは
81歳の会員2名も歩き通したことです。まだまだ弱音など吐けません。こうやって説明を聴きながら歩いてみると先達

の苦労や今に至った歴史の推移が忍ばれます。ちなみに‘鍛冶’とは‘金属を打ちきたえて種々の器物をつくる’または
‘金属を熱して打ったり冷やしたりして鍛える’…の意味がありこの地区に鍛冶を仕事にする人達が住んでいたと考えられる。

221828鍛冶ヶ谷散策
(縦読みで一寸文字が見にくいですが、黄色の道が現在の鎌倉街道。その脇にいろいろある道は江戸、明治、昭和初期
に村民によってつくられた道です。庄屋をはじめ村がかなり裕福でなければできないことです。特に今もある‘七曲’と
いう名前はくねくね曲がった地図の下の方にある道(明治12年)で数えて行ったら曲がりが七つありました。昔はここら
は辺ぴな場所で‘追いはぎ’が出たそうです。また襲われて殺された女性の幽霊を見たという話もあります)
221828鍛冶ヶ谷散策
(宮の前横穴遺跡のある竹藪の山。手入れがされていないので歩きにくい。漆があるので枝をつかむのも要注意。
少し右、手の平がかゆくなってきたので下におりて水でよく洗いました)
(この山は元々、研究会仲間、柳下家/(江戸時代庄屋)の土地であったが現在は横浜市に移管)
221828鍛冶ヶ谷散策

(横穴。全部で25あるのですが落葉や泥に埋まって全部は見えません)
(これらは渡来人の墓と推定されておりすべて故国の方向に向けて穴が掘られているようです)

(彼ら渡来人達が製鉄の技術などを教えていました。鉄をつくった遺跡は旧上郷高校の近く、
 現在は神奈川中央車庫から港南台へ抜ける道路の下に埋まっています‘上郷猿田遺跡’から
 発見されています。先日、ある仮説の下に瀬上の森周辺でスコップ、ゴム長靴、強力磁石などで
 製鉄の原料となる‘砂鉄探し’を行いました。嬉しい大発見あり!掲載は後日)

(‘上郷猿田遺跡’/昭和61年9月から62年6月の期間発掘、の写真の手前の道を右へ行くと瀬上の池へ)

221828鍛冶ヶ谷散策
(この横穴は珍しいもので、奥にもう1室ある二段構えになっています/鍛冶ヶ谷方式)。身分の高い人向け?
221828鍛冶ヶ谷散策
(内部はこのようにきれいな形でえぐられており鉄製の道具を使いかなりの加工技術があったものと思われます)
221828鍛冶ヶ谷八幡神社
(八幡神社)
221828鍛冶ヶ谷八幡神社庚申塔
(八幡神社庚申塔…本郷最古の庚申塔/1668年、寛文8年)
221828富士講碑
(富士講碑…江戸時代、山岳信仰として行われた富士山詣で。多くの人は中々行けないので遠くから富士を仰ぎながら飲食・歓談した。
まあ今で言うと‘野外パーテイー’です。しかし幕府からは講の禁止通達が7回ほど出ているが余り効果はなかったようです。人が
大勢集まると幕府への批判が出るので禁止令が出たようですがいつの世も庶民を押さえつけることはお得意のようで…)
(長々と続いた面白くない話はこれで終わりです)
(次回:8/3車山高原)
[ 2011/07/29 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

酷暑行脚(2)

221823鎌倉安国論寺
221823鎌倉安国論寺
(本殿への石階段を昇りきった左にある石塔)(この緑陰、涼しそうでしょう?)
221823鎌倉安国論寺
(柱の角度が異様。これは広角レンズ故の歪です)
221823安国論寺
(レンズ補正して少し直しました)
221823鎌倉安国論寺
(黄金やぐら…道路脇から入った下にあります。道理でわからなかった筈。こんな横穴。名前負け!金貨でも出たのかな?詳細不明)
221823鎌倉にて
(帰路道すがら店の軒先からからかわいい鳴き声が…餌をまっているつばめの子供たち、かわいいね~)

(次回:鍛冶ヶ谷歴史散策、次々回:車山高原)
[ 2011/07/25 08:00 ] 神社・寺院 | TB(-) | CM(-)

酷暑行脚(1)

炎天下、歩いて来ました。鎌倉駅→教恩寺→八雲神社→安養院→安国論寺→妙法寺→大宝寺→
黄金やぐら→釈迦堂切通、約3時間。黄金やぐらは途中聞きつつ汗だくになって探しあてたので
すが単なる普通の‘穴ぼこ’に拍子抜け。切通しはその圧巻の景色に再度と思い行ったのですが
崩れ落ち危険なため,バリケードで封鎖されていました。残念!。以下ありふれた写真ですが…。
鎌倉教恩寺
(教恩寺…山門を入ると大きな枝が通路に立ちはだかり、珍しい形の入口です)

(山門の十六羅漢の彫刻が見事な教恩寺は、一ノ谷の合戦で敗れ捕らえられた
 平清盛の子で重衡に縁のある寺。重衡は、南都焼討ちによって、奈良の東大寺
 や興福寺を焼いた武将。「一ノ谷の合戦」で捕らえられ鎌倉に来た際に、源頼朝
 より一族の冥福を祈るように阿弥陀像を与えられたという。その像が教恩寺の本
 尊で、運慶作と伝えられている/引用)

鎌倉安養院
鎌倉安養院
(安養院…5月のつつじが見事だとか~)
鎌倉安養院
(安養院の槇/樹齢700年・天然記念物)
221823鎌倉安養院
(本殿の裏に回るとこんなに沢山のお地蔵様が、また北条政子の墓と言い伝えられる石塔がある)
221823鎌倉安養院
(左:北条政子の搭、右:五輪の搭/重文。鎌倉で一番旧い塔)
221823鎌倉安養寺
(夫婦、親子、相助け合い、慈しみあって仲良く生きて行って下さい…とお地蔵様は申されています)
(今、一番求められているのは‘なでしこジャパン’ではないが、「」です。ありがたい教えを無駄にすることのないように致しましょう)

(‘2’/安国論寺へ続く)
[ 2011/07/21 08:00 ] 寺院・神社 | TB(-) | CM(-)

竜馬暗殺最終考(2)

101109今井信郎・渡辺篤
100802近江屋模型

上の写真(左:今井信郎/戊辰戦争当時、右:渡辺篤)
下の写真(近江屋室内図)

与頭佐々木只三郎は見廻組屯所にもどり今井信郎、渡辺篤、小林甚七、渡辺吉太郎、高橋保次郎、
桂早之助など6名を集めこう切り出した。

只三郎:「手代木さま、組頭より竜馬襲撃のご下命があった。なおこれは主君の意に沿ったもの
である。不首尾は許されぬ。切込み隊、自信のある者は…」
6名:「…」
只三郎:「それでは拙者が指示する。今井と渡辺篤は切込み、小林はひとつ前の部屋にて待機、
異に際し踏み込め、拙者は階段近辺にて差配する、他のものは家人の拘束、外場の警戒、伝令役
とする、よいか!」
6名:「かしこまりました。それで実行の日は?」
只三郎:「探索方の知らせにより沙汰する。各々方、準備怠りなきよう」
6名:「承知」

かくして、遂に慶応3年11月15日冷え込みのきつい夜、「十津川郷士の者だが坂本先生に
面会したい」と名刺を出して一気に潜入。中6畳→奥6畳を経て、奥8畳の襖をそろりと開け
るや~、
今井:「坂本先生暫くです!」
火鉢を挟み手前の近場に座っていた土佐陸援隊隊長、中岡慎太郎:「どちらさまで~」

ここで今井、渡辺、すかさず抜刀。今井は中岡に、渡辺は竜馬に切りかかる。寺田屋事件以来
で竜馬の顔も記憶が薄れている。まして行燈の暗い明かりの中、今井は「どちらさまで~」と
応えた中岡を竜馬と勘違いした。
暫くの乱闘の末、首尾よく両名殺戮。渡辺は刀の鞘を残したまま今井ともども逃走。落ち合う
ところ、宿舎松林寺まで一目散。渡辺は後々の文書に「道々の木戸(今の交番)の無いところを
選び、抜刀したままの刀を隠しながら走っ

た」など詳細に書き記している。一方今井は明治になってから「竜馬を殺ったのは自分である」
…と告白している。これは‘売名行為’との評価もあるが、‘中岡を竜馬と勘違いし、その後
も自分がやったと思い続けている可能性’も否定できないのではないか。当時は情報が今ほど
すぐにしかも正確に伝わらなかったご時世である。

最後に当然ながら誰も現場を見たものはいないのだから真実はわからない。残された文書・証拠
を冷静に客観的に判断・分析しそれぞれの史観で推察するしかない。逆にこれだけのロマンを秘
めた事柄は永久に‘ああだ~こうだ’と話題を提供し続けた方が楽しいと思う。長々とお遊びに
お付き合いいただきましてありがとうございました。

次回7/21は炎天下の鎌倉散策です。


[ 2011/07/18 08:00 ] 坂本竜馬 | TB(-) | CM(-)

竜馬暗殺最終考(1)

100728竜馬暗殺掛軸

7/8日NHK BSプレミアムの‘歴史館’を見て続きを書きたくなりました。2010/8/25竜馬暗殺考4のアンダーラインのところ
を中心に続編として小説風に遊んでみました。実行犯・黒幕についての推論は変わっていません。

京都守護職松平容保臣下、会津藩公用人、手代木直衛門(てしろぎすぐえもん)が死の数日前、こう告白している。「坂本竜馬
をやったのは実弟の只三郎である」また「某諸侯の命により」…とも。京都見廻組を使って仕事をさせることのできる‘諸侯’
とは?見廻組を管轄する守護職、会津藩主、松平容保以外にあり得ないのである。その時のやりとりは次の通り(H創作)。
(公用人…幕府との折衝を担う役、留守居役のようなもの)
(見廻組…旗本・御家人の二男、三男で構成された幕府方の取締組織。上昇志向がないので新選組ほど鮮烈ではない)

直衛門:「殿、薩長同盟、大政奉還を画策した坂本竜馬という輩、危なくて放っておけませぬぞ」
容保 :「坂本竜馬とは何者か」
直衛門:「土佐の脱藩浪士にて薩摩、長州、土佐などと図り幕藩体制を覆そうと画策する不届きの輩であります。大政奉還後、
新政府樹立の綱領を目下起案中とか、放置すれば徳川家にとり致命の事態と相成り候こと必定と存じます」
容保 :「如何すればよいか」
直衛門:「寺田屋騒動にて幕府方役人を短筒にて殺傷したる下手人故、手配中ではありますがこの際一段と強力に捕縛し、
動きを封ずるのが得策かと存じます」
容保 :「土佐と支障は起きぬか?」
直衛門:「心配ご無用にございます。土佐藩もひそかに密偵を放ち竜馬の動向を探っておりまする。容堂公も‘何をしでかすか
わからぬ’と案じておられるとか…」
容保 :「相手は手ごわいのではないか?捕縛できるか?」
直衛門:「手に余れば、止むを得ず…です」
容保 :「そうか…。わかった。それでは、そちに任せる。よきに計らえ」
直衛門:「かしこまりました。それがしにお任せ下さい」

直衛門の腹は既に決まっていた。下手に捕縛などすればその身柄を巡って必ず面倒なことになってくる。ここは誰がやったか
わからぬように抹(暗)殺してしまうに限る。幸い、竜馬は薩摩、紀州、新選組など多方面から恨みを買っている。こっそりやって
しまえばわからない。早速、見廻組組頭 蒔田相模守広孝らと実弟の京都見廻組与頭、佐々木只三郎を呼びつける。

直衛門:「他でもない。竜馬を殺れ。主君の許しを得た。手練れを選りすぐり、密かにな。痕跡は残すな、よいか」
只三郎:「承知つかまつりました。密偵探索により大体の居場所はつかんでおりまする。暫くのご猶予を。必ずしとめまする」
221822松平容保221822手代木・只三郎
(左より:松平容保/晩年・京都守護職時代、手代木直衛門、佐々木只三郎/引用)
続く:‘竜馬暗殺最終考 (2)’
[ 2011/07/15 08:00 ] 坂本竜馬 | TB(-) | CM(-)

五百羅漢図

江戸東京博物館にて7/3まで開催中。幕末の絵師、狩野一信。増上寺秘蔵の仏画 ‘五百羅漢図’。100の作品を10年で創作。とにかく精緻。
大きさはさまざまですが大体縦3m、横1.5m位かな?写真はNGですがこっそり2枚だけ。勿論、no flashです。部屋は薄暗く絵にだけスポット照明
が照らされていて雰囲気いいです。しかしいかに絵師とはいえ、こんなに精緻な大作を1年に10枚、月に1枚。しかも連続的に。こんな超人的な
人間がいるのですね。信じられない位の驚きです。よし!おれもやるかな~あかん、やめとこ。寿命縮めるだけや。一信は48歳で亡くなっています。
(お坊さんのお顔、もう少し上品なのがちらほらあっていいと思わないですか~?みんなこんな感じです)

221741五百羅漢図
(第11/12幅 ‘授戒’)
次回:7/15竜馬暗殺最終考
[ 2011/07/12 08:00 ] 個展・展覧会 | TB(-) | CM(-)

パレットクラブ展

横浜桜木町みなとみらいギャラリーにて:
お二人ともコーラスを通じてのお友達です。(携帯で撮影…意外といいでしょ?)

山口初枝さんの作品:油彩‘旅の思い出、ローテンブルク(独)’20号。色合いが実にすばらしい!。
          向うの風景は屋根がカラフルで絵になりますね。
221734パレット展

由田順子さんの作品:油彩‘グルージュの春に’30号。誰かを待っているようないつもながら
               ロマンチック溢れる作品ですね。人物を中心に空想が広がります。
               服はBlueがお好み?
221734パレット展

221734パレット展221734パレット展
‘水彩小品’…左:山口さん、右:由田さん

次回:7/12‘五百羅漢図’…芝増上寺の秘画→訂正。秘蔵画でした。期待しましたか?
    明日こそ鎌倉へ撮りに行きます。こんなことを書くのは後へ引けなくするためです。
→お蔭様で実行しましたよ。暑かったねえ。
[ 2011/07/07 20:30 ] 個展・展覧会 | TB(-) | CM(-)

花もよう

221812やまゆり
(やまゆり:下は上の3色のゆりの多重露出撮影…不思議な雰囲気、‘夢の世界’か‘あの世の花園’か?)
(こんなきれいな花園がほんとにあるなら満更でもないなあ~)
221812やまゆり
221813マツバボタンソーラーキッズ
まつばボタンソーラーキッズ…‘ソーラーキッズ’なんて冗談かと思ったらほんとの名前だった!)
(太陽の光の中で遊ぶ可愛い子供たち、男の子も、女の子も…そんな感じ、確かに)
171732ソーラーキッズ

次回:モーツアルトP.C
[ 2011/07/01 07:00 ] | TB(-) | CM(-)