かっての勇姿

今日8月1日、夏本番。背景色を涼しげな水色に変えました。

明治37年からの日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った東郷元帥率いる日本艦隊の旗艦、‘三笠’。
今は横須賀、三笠公園で静かに休んでいる。
231631戦艦三笠
大日本帝国海軍の戦艦で、敷島型戦艦の四番艦。奈良県にある三笠山にちなんで命名された。
船籍港は京都府舞鶴市の舞鶴港。同型艦に敷島、初瀬、朝日がある。
231631戦艦三笠
(進水1900年11月、15140トン、全長132m、幅23.2m)
231631戦艦三笠
(下甲板以下はワシントン軍縮条約によりコンクリ-ト・土で埋められていて表に出ているのは上甲板
 と中甲板のみである)、(子供たちが手旗信号か何かを教わっています)

(日露戦争終結直後の1905年(明治38年)9月11日、佐世保港内で後部弾薬庫の爆発事故のため沈没。
 この事故では339名の死傷者を出したがその後引き上げられ現役復帰)


231631戦艦三笠
(砲塔、マスト、煙突は後から造られたもの)

次回:8/5 ノスタルジア………NEWカメラ、これ、1cmマクロから624mmの望遠までOKのすぐれもの。
こう暑くては中々撮りに行く気が…、そろそろ在庫が無くなって来たので、来週、駒ヶ岳の山岳風景を
撮ってきます。
               
[ 2012/07/31 08:00 ] | TB(-) | CM(-)

横浜市栄区上郷製鉄遺跡について(記録)

これは自分の活動記録まとめであり一般の皆さんは興味のないテーマであろうと思います。ご容赦
下さい。早々に終わります。なお参考記事として昨年8/16投稿記事、同じく8/23投稿記事があります。
下記は5月の例会でリーダーのY氏が発表した報告書(表紙)です。

231616砂鉄調査

①横浜市、環状4号線(原宿六浦線)の神奈中車庫前から港南台方面に抜ける、舞岡上郷線の横浜栄高校
 あたりの道路下に、‘上郷深田遺跡’があります。(今は埋め戻されて外からは見えない)
②昭和61年に発見されたこの遺跡から18ケ所の製鉄炉の跡が発見された。これは神奈川県唯一のもので
 ある。
③時期としては7世紀半から9世紀、約200年にわたって操業されたことがわかっている。

④研究会の目的はここで作られた鉄製品がどこへ供給されたかを明らかにしたいのであるがまずはその
 原材料である‘砂鉄’がどこから調達されたかを実地に調べることからスタートした。

⑤製鉄に適した立地条件としては、燃料となる木材、砂鉄、風向き、砂鉄を含んだ土から砂鉄を選別す
 るための川…などがある。木材については周辺に豊富な山林がる。風向きについては下の地図に示し
 たように海からの風が吹いて来て、おあつらえ向きの地形になっている。川についてもすぐ近くに
 ‘いたち川’がある。残りは‘砂鉄’をどこから運んで来たかということである。

⑥俗に‘砂鉄7里に木炭3里’といういう言葉があり砂鉄は広い範囲から持ち込まれた可能性がある。
 例えば、鎌倉七里ヶ浜の砂は砂鉄を多く含み、黒っぽい色をしている。しかし果たしてそんな遠いと
 ころから運んだのであろうか?もっと近くに砂鉄が出たのではないか?…という仮説を立て栄地域史
 研究会の中の‘砂鉄部会’として3人のメンバーが実地に調査を行った。

221916砂鉄調査
231627砂鉄調査

砂鉄含有量…調査地点38ヶ所中、特に瀬上池近辺、大平山、昇龍橋、荒井沢辺りで22~45%の高含有量
が見られた。従ってこれらの場所から砂を運び、いたち川で鉄分と砂を川の流れを利用して振り分ける
作業(かんな流し)が行われた可能性は十分にあると思われる。

最後に当地の隠れた伝説として、‘一本足の一つ目小僧’がある。これは製鉄炉のふいごは一本足で
踏み続けるので片方の脚が太くなり、遠目に一本足に見えたのではないか、又、炉の温度を見るには
片目をつぶって見るので知らず知らずに片目がつぶれてしまったのではないか…などと勝手に想像す
るのも面白い。以上面白くない話はこれにて終了。


次回:7/31 かっての勇姿

[ 2012/07/29 08:00 ] 遺跡 | TB(-) | CM(-)

鶴ヶ城(Ⅲ)

鶴ヶ城パノラマ写真

231634鶴ヶ城稲荷神社
(鶴ヶ城稲荷神社…約六百年まえにお城ができた頃から守護神として祀られていました。
 当時はこれより東手の三ノ丸にあったものを現在の地にうつされたといわれています。
 伝説によれば、築城の縄張りに苦心した芦名直盛が勧請先の田中稲荷神社に祈ったとこ
 ろ、霊夢があり目覚めてみると降り積もった雪に狐の足跡があり、それをしるべとして
 築城の縄張りを決め、名城を築くことができたと伝えられています)

231634会津什の掟

(什/じゅう、とは…町内を‘辺’という単位に分け、‘辺’を更に‘什’という単位に分けた)
(‘什’の中の藩士の子弟をグループ化し、什長を中心に毎日、輪番で子弟の家に集まり
‘什の掟’を訓示し勉強した。この中の16~17歳の子供たちがやがて白虎隊になっていく。
「城が燃えている!」と勘違いして自害した13名の白虎隊士は士中二番隊である)
身分制度により、上士、中士(寄合)、下士(足軽)と別れている)
(会津藩の隊編成はこれだけ多岐にわたっていた)

(この‘什の掟’今はどうであろう。‘いじめ’はないか?‘教育ムラ’の卑怯な振る舞いはないか?

231634鶴ヶ城
(最後に、出たがり屋登場…悪い癖は直らない)
(備考:胴回り、-〇cm 切望)…以上、‘鶴ヶ城シリーズ’終わり。

次回:7/29 砂鉄調査のまとめ(記録として)…面白いものではありませんよ~。(砂鉄前回記事
次々回:かっての勇姿(戦艦〇〇)
[ 2012/07/24 12:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

鶴ヶ城(Ⅱ)

パノラマ写真
(下の写真は天守閣正面よりこちら側を撮ったもの)
(他のお城と趣が違うのは天守閣に向かって長い‘走長屋’がつながっていることです)

走長屋は、御殿のある本丸を守るために、兵士が行き来できるよう造られた建物。今回復元された
 南走長屋のほかにも、天守閣の北側から東、廊下橋付近まで走長屋が延びていました。上から
見ると、天守閣を中心にして鳥が翼を広げたような形をしていました。ここから鶴ヶ城という
 名前がつけられたのでしょうか? )

(天主閣・南走長屋の線が南北で右側が東、廊下橋の方向です)

231634鶴ヶ城
(天主閣より。右は‘表門/鉄門’、干飯/(ほしい)やぐら)

2013年NHK大河ドラマに「八重の桜」決定、主人公は会津若松で生まれ育ち娘時代は
戊辰戦争で洋式銃を執って戦い、後に京都に出て同志社を起こした新島襄と結婚、洋装の
クリスチャン・レディとして生き、そして襄の死後、看護婦として日清・日露戦争の救護
活動に従事し波乱万丈の生涯を送った、新島八重


231634鶴ヶ城
(北側の‘武者走り’から。当時はこの道に‘北走長屋’が有ったところです)

231634鶴ヶ城
(城内の一角にある古木)
(少し派手派手ですが、リバーサルフイルム、ベルビア50風に)
231634鶴ヶ城
次回:7/25 Ⅲ
[ 2012/07/20 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

鶴ヶ城(Ⅰ)

関東、17日、梅雨明け。背景色をブルーに変更します。

正式には‘若松城’。幕末の動乱期、戊辰戦争の舞台、会津藩と白虎隊の悲劇の地。2011年に天守閣の
瓦が今までの黒色から本来の赤瓦に葺き替えられました。何となく見慣れた黒の方が重厚感があるよう
な~。しかし赤瓦もスマートであか抜けています。
231634鶴ヶ城
231634鶴ヶ城
(表門/鉄門)
(左は‘南走長屋’)
231634鶴ヶ城
(鉄門の右、石組の妙。ここから天守閣へ更に‘走長屋’が続いている)


(ここまで徹底抗戦して玉砕した悲劇の根本は会津藩の 「家訓」即ち、‘徳川家のために忠誠を
尽くす’という徹底した忠義心の結果である)
(松平容保も敢えて京都守護職という‘火中の栗’を拾わざるを得なかったのもこのため)
(そして老若男女、藩を挙げて破滅への道を突き進むことになる。ここに大いなるロマンを感じ、
 その一途な心には涙を禁じ得ない。新選組とも一脈あい通じる‘滅びの美学’である)


231634鶴ヶ城
(官軍のアームストロング砲の砲撃を受け見るも無残な姿になった鶴ヶ城 / 古写真)
(1日2000発の砲弾を浴び、籠城2か月、遂に降伏、開城)
(その後、家老の切腹と引きかえに容保は許され、日光東照宮の神官となり一生を終えた)

次回:7/20 Ⅱ
[ 2012/07/17 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

ある作品

これは私どもの‘記録記事’です。BAGの飾り陶器作成とトチの実の穴あけは僕の担当。
231731手工芸作品
(素材は、帯の芯地、着物の古布、柿渋に染めた日本手拭など。アクセサリー飾りは20ケほど陶芸で作り
 ました。好みのものに取り換え可能)
231731手工芸作品
(根付け…トチの実は先般、会津若松で購入。穴あけは意外と固かった。僕もポーチにぶら下げています)

次回:7/17 鶴ヶ城…正式には若松城

231634鶴ヶ城
(椿坂を渡り、‘武者走り’の辺りから)
231634鶴ヶ城
(茶室、麟閣方向の堀の上から。上の写真の丁度、正反対。昨年、瓦が黒から赤に衣替えしました)
[ 2012/07/14 08:00 ] 手工芸作品 | TB(-) | CM(-)

スカシユリ(Ⅱ)

231725スカシユリ
(花名:モナ)
231725スカシユリ
(花名:サムール)

(やはり背景ボケはコンパクトカメラではいまいちです。重くてかさばるので一眼は全く使わなくな
 りました。ブログはこれで十分かと~コンパクトで大きいイメージセンサーのものが出てきました
 のでそろそろ欲しくなってきました。種々、検討しております。買ってからよりもこの時の方が楽
 しいですね~~あれやこれや夢が膨らんで)


(しかし中々ぴたっと来るものがない。C社のものはビューフアインダー、バリアングルはあるがス
 イングパノラマがない、でかい。S社のものはスイングパノラマ有り、コンパクトでいいのだが
 前の二つがない…さてさて。二つともまだ5万円台。共にコンデジの最高峰)

 (偉そうに言うと、コンパクトカメラでいかにうまく撮るか~が方針です。因みに今使っている
 コンデジはLUMIX LX3とCyberShot HX1。フイルムカメラはポジ用にClusse W。いずれもか
 なりコンパクトなもの)

 
12日、実機を見てきましたが何となくいまいち。全部を満足させるにはやはり、ミラーレス一眼かな~?
中でもコンパクトでデザインも良いのはS社のもの。だけど予算は一挙に倍以上。……。


231725スカシユリ
(花名:ナボナ)

次回:7/14 ある作品…ネタも少なくなってきました。数稼ぎに。
[ 2012/07/11 08:00 ] | TB(-) | CM(-)

ある視角

ベイブリッジ3態。
横浜ベイブリッジ
横浜ベイブリッジ
(霧のベイブリッジ)
横浜ベイブリッジ

次回:7/11 スカシユリ(Ⅱ)

231722マリンタワー
(山下公園、バラ園越しのマリンタワー)
[ 2012/07/08 08:00 ] 風景 | TB(-) | CM(-)

紹介記事

リンクに貼ってある「akoのブログ」にすばらしい棚田の写真が紹介されていましたので…。なお、
写真をdigibook(有料)にupしてBGを選ぶとこんなに素敵な内容になります。一時やりましたが続
きませんでした。ぼくもこんな写真を撮りたいものです。しかし相当な努力と忍耐が必要ですね。
akoさんは三島にお住まいで以前、旅先で知り合いました。



(いつまでも再生を繰り返すので見終わったら画面右上の×印をクリックして終了させて下さい)
(音楽がうるさかったら消音にして見て下さい)

次回:7/8 ある視角
[ 2012/07/06 08:00 ] 風景 | TB(-) | CM(-)

スカシユリ(Ⅰ)

231725スカシユリ
(花名:トレソール、鎌倉市大船植物園)
231725スカシユリ
(花名:バリトン)
(スカシユリ…花びらの間が透いているので透百合と呼ばれるそうです。花の色はさまざま。ところで,
 百合の花びらは 6 枚ではなく,花びらは 3 枚で,後の3枚は萼だそうで、初めて知りました。そう
 云えば、とんがって下向きなのが‘萼’ですかね。それにしても色、模様まで同じにできているとは
 驚木、桃の木、山椒の木、よくできているなあ )


(動画、2分30秒、花弁に隙間があるのがわかります…引用)

231725スカシユリ
(花名:モナ…3枚の花弁、3枚の‘萼’はどれになるのですか?)
(左斜め奥の2枚と右斜めの1枚が萼?)
231725スカシユリ
(花名:イエローダイアモンド)

次回 7/6:スカシユリⅡの前に飛び込み‘記事紹介’蒲生棚田)
[ 2012/07/03 11:00 ] | TB(-) | CM(-)

工場夜景

231730みなとみらい夜景
(横一直線のみなとみらい夜景、きれいでした)
231730工場夜景
(昭和電工/南戸田運河、上にはお月さま。全館火事で燃えているようですね)
231730工場夜景
(東亜石油/塩浜運河)

山下公園、氷川丸横の桟橋から出ている‘京浜工場夜景クルーズ’。船が小さいので結構、揺れが
あり、とてもカメラの手振れ防止では防ぎきれません。手振れに注意しても身体が上下するし、被写
体も時速28キロ(船の速さ)で走っている。スローシャッターでは難しいです。かろうじてUターンす
るときにスピードを落とすのでその時が狙い目。写真撮影が目的ならこれよりも「川崎工場夜景バス
ツアー」の方がよかったかも。陸からだとブレにくいですから。一般が入れないところへ案内してく
れるそうです。

それからカメラのISO、800位に設定すればよかった。失敗。

次回:7/4 すかしゆり(Ⅰ)
次々回:7/8 ある視角
[ 2012/07/02 08:00 ] 夜景・ライトアップ | TB(-) | CM(-)