遊び心

背景色をミッドナイトブルーに変えました。
文字通り、日没直後の空の色です。空気の澄んだ晴れの日には少し濃いですがこのような色になります。
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20年ほど前に買った「ライフワークテーマの探し方」(ダイアモンド社)という本をたまたま、ひも解いて
いたら‘悦楽樹’という言葉が載っていて、20年前にいろいろ書き込みをしていました。懐かしく改め
て今、考えてみました。「遊び心」とは何だろう?何か行動する時、目的に向かって一直線というより少
し幅・余裕を持たせられたら新発見があるかも知れない。そこであれこれピックアップしてみました。例
えば‘散歩・ウオーキング’について。「楽しみの樹」とでもしておきましょう。如何でしょう?

楽しい樹-1

眺めて見ると、できていること、出来ていないもの様々、まだまだ遊び心が足りないな~。どれだけ多
くのことに‘興味’を持ち、そこに目が向けられるか~これが‘遊び心’ではないか…。これだけの
‘複眼’でウオーキングが出来たら散歩の楽しさも倍増することでしょう。散歩に限らず他のことでも
こういう‘楽しむ樹(気)’を作ってみたら面白いかもね。

「写真を撮る」…について讀賣写真展の講評で写真家、立木義浩氏は次のように述べている。

 ①‘風景写真はかくあるべき’という今までの考え方から脱却し、各人なりの一工夫が大切。
 ②自分の生活範囲の中での人間の営みや、生き生きとした生活の写真が欲しい。
 ③ユーモアあるスナップや従来の風景写真の延長線上に新たな目で新発見を期待したい。

 …ぼくは人物や生活の写真はほとんどと言っていい位撮らない。プライバシーの問題も
  出て来るし。しかしこれからは少しづつ入れて行こう。風景写真だけではもたないし。
  多分、心にじんとくるhotな場面に出会えるかもしれないね。


 ④カメラのことは忘れて「遊び心」で散策する方が自由なまなざしで撮影できる。1等賞をとる
  ためではなく面白い物を発見したから撮るという方が気持ちに負担がかからない。
 ⑤自分が好きなものしか撮っていないことが多い。薄汚れたものにも‘美’はある。
 ⑥自分の苦手に敢えて挑戦すること。
 ⑦加えて群れずに一人で撮った方がいい。

…これ等も大いに参考になる。特に ⑥、⑤。

「バス停・時刻」について…これは、こんなバス停があったんだ~。時刻表を見て、行き先方面、
             頻度などを確認する。途中のバス停は意外に知らないことが多い。
             それと‘路線バスぶらり遊覧’ってのがある。これはどこでもいい、
             気が向いたところで降りてその辺を散策する。これも新発見大いに
             期待できる。まだやっていないけど、面白そう。但し暇人向け。


最期に「知らない人に話しかける」…これは中々できそうでできない。同じ状況の場にいるとか
                 道を尋ねるなどはいい。それ以外では特に女性に対しては
                 警戒されそう。最近はおかしいのがいるから。でも自然体
                 でやればいいんじゃないかと思う…。人とのコミュニケーシ
                  ョンは楽しい。時には思わぬ発展も…。

次回:8/5 最近の陶芸作品(風景写真はもう少し後で…最近撮りに行ってません。8/7 上高地を
   撮ってきます。)
[ 2013/07/31 08:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

ある模様

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「きれいな斑入りのギボウシですね。夏には涼しげ!」…Yさんのコメント。実は名前知らなかった~。

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今日あるお宅へお邪魔したら大きな鉢の中に黄色の斑入りギボウシが植えてありました。斑の色は白とか
黄色とかいろいろあるんでしょうか?庭に植えると広がってしまうからとのこと。また間引くと葉っぱは
相当大きくなるらしいです。今度、数株頂くことになりました。


「白や黄色の斑入りがあります。調べると、大葉、中葉、小葉と種類があり、そのお宅のは大葉なのでし
 ょうね」…いつもの‘お花博士’Yさんより。どうもありがとうございます。



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(多重露出)

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(正真正銘、ある模様)

次回:7/31 遊び心
[ 2013/07/26 08:00 ] 植物 | TB(-) | CM(-)

モーツアルト・ミステリー(Ⅳ)

もういい加減飽きたことでしょう。これが最後です。面白くてすっかり乗ってしまいました。

死の前日義兄フランツ・ホーフアーや友人、妻コンスタンツエたちとレクイエムの「ラグリモーザ」
(Ⅲに動画掲載)を演奏している絵が残っている。「レクイエム」はやはり本人自身のレクイエム
になってしまいましたね。この「ラグリモーザ」はほんとに悲しみがよく表現されていて1番の出だ
しと共に一番好きな部分です。右は最後のひと時の寛ぎ/F.シャムスの原画から、リトグラフ。

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臨終について:
死の前、妻の妹ゾフイーに「明日は1日そばにいて欲しい」と頼んでいる。何故、妻ではなく妻の妹なのか?これも謎。
親しい関係にあったのか?…臨終の時に傍にいたのは妻のコンスタンツエ、妹のゾフイー、医師のクロセットの3人であ
った。いざ最期の時、ゾフイーがモーツアルトの身体を抱きかかえるように看取った…ということがゾフイーの回想記に
残っている。妻のコンスタンツエはどのような気持ちでそこにいたのであろうか?

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これは亡くなった直後ではなく暫くたってからの場面であろう。ベッド脇の子供は息子カールか?
枕の側はコンスタンツエかゾフィーであろう。毛布の上にレクイエムの楽譜が置かれていたとのこと。
(写真の下の字は残念ながらわかりません…解読してみようかな?)

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12月5日の午前1時に亡くなって、翌日早々と埋葬。これは少し異常。埋葬規定では伝染病など
急を要する場合は認められているが‘急性粟粒疹熱’は伝染病ではない。恐らく誰か(複数)が何
らかの理由で埋葬を急いだとしか考えられない。有名人の死が一般市民にも告知されなかった。
埋葬日は記録では7日になっているが、葬式当日は雨まじりの雪でしかも風が強かった。7日の
気象記録には該当しない。

出棺には数人の友人と3名の女性(妻はいない)が同行したが荒天のため途中で引き返す。墓地へ向かった
のは馬車だけ。そして貧民用の共同墓地(大きな穴が掘られ袋に入れて石灰と共に投げ込まれる)。
未だ正確な場所の特定はできない。大作曲家がこのような形で葬られる例はない。やはり死因がミステリー
なのである。


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(雪のサンクトマルクス墓地/ウイーン。左;入口 、右:この辺り?)

コンスタンツェはその後1809年デンマークの外交官ゲオルグ・ニコラウス・フォン・ニッセンと再婚。
1842年、80年の生涯を閉じた。非常によい奥さん振りを発揮したようだ。


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右は夫、ニッセン(家族の記念写真でしょうか?)

以上10日間にわたってⅠからⅣまで書いてきましたが、18世紀の一音楽家を巡る名声、私利私欲、
金銭、男女の関係など、どろどろした人間模様を垣間見、また想像力を掻き立たせてくれ大変面
白かったです。皆さんはどうでした?、そうでもなかったですか?長々と、どうもでした。


次回:7/26 ある模様

[ 2013/07/23 08:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

モーツアルト・ミステリー(Ⅲ)

モーツアルトの死後「レクイエム」はどうなったか?その前にこの曲の謎の依頼者は誰であったのか?
それは1791年に愛妻を亡くしたフランツ・フオン・ヴァルザック・シュトウバッハ公爵である。依頼者の
名を絶対に明かさない約束で多額の前金を払う。それはどうも自分の作曲、初演ということにしたかった
ようだ(推測)。

未完のレクイエムはその後、弟子のジェスマイヤーがコンスタンツエの要望により1792年に完成。
翌93年1月、サリエリの指揮で完成版が初演された。

お金に困っていた妻コンスタンツエは完成したレクイエムを依頼主に渡し残りのお金を受け取る。
しかも楽譜の写しを取っておいて後日、出版して儲けたようだ。当然クレームがついた。女はしたたか?


「レクイエム」第8曲 「ラクリモーサ/涙の日」…本人の作曲は、合唱部は6小節のみ、管弦楽部は2
小節のみ。残りは弟子のジェスマイアーが創る。死の前に、モーツアルトが補完をしてもらうための自
分の考えを説明したとの記録が残っている。


全曲版(約50分)…お時間あればどうぞ。なお、全14曲の内、完全にモーツアルトが作曲した部分は声楽
部は7曲目まで。管弦楽部は1/3もない。残りは弟子のジェスマイヤーが補完した。

続く:7/23 Ⅳ 臨終、葬送、墓地

次回:7/26 ある模様  
[ 2013/07/21 12:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

モーツアルト・ミステリー(Ⅱ)


モーツァルト 交響曲 第40番 第1楽章

 
(ヴァイオリン協奏曲第3番)…広告が出たら × 印をクリックして消して下さい。
バチカン、ローマ市民のためのコンサート。シュツットガルト・ラジオ・シンフオニーオーケストラ。
指揮:グスターボ・デュダメル、ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン、後半のカデンツア、いいですね。


1791年、秋口から急速に健康が悪化。12月5日に亡くなった。余りに早い死に多くの死因説が浮上。

・公式死亡診断…急性粟粒(ぞくりゅう)疹熱:これは正式な病名ではなく症状(水泡)を説明したもの。
        当時、ウイルス性感冒が流行っていた。インフルエンザの症状には水泡状の症状が出
        ることがある。

・その他の主な死因説…①梅毒治療のための水銀中毒、②連鎖状球菌咽頭炎、③寄生虫病、恨みによる
           毒殺説(④妻コンスタンチェによる、⑤不倫相手の夫ホーフデーメルによる)、
           ⑥サリエリ毒殺説、腎臓疾患、リューマチ性炎症熱、尿毒症、甲状腺腫、
           フリーメーソンによる暗殺 、医療ミス他多数。

・⑥サリエリ毒殺説…現在の通説では否定的。サリエリはモーツアルトより各上で富も名声も名誉もあっ
         た。当時のモーツアルトは銀食器を売らねばならぬほど生活に困窮していた。また
         サリエリはモーツアルトの曲を進んで指揮もしている。あり得ないだろう。これは
         多分にロシアのプーシキン1830年の戯曲「モーツアルトとサリエリ」の筋書きが
         影響しているのではないかと思われる。サリエリがモーツアルトの才能に嫉妬した
         (映画アマデウス)なんてことはないであろう。よしんば嫉妬があったにせよ、そ
         れで殺すなんてことは考えられない。

有力?な説:
①…友人ヴァン・スヴィーデン男爵の父親(高名な医者。梅毒主治医)による水銀投与、
中毒死。この友人が葬儀を取り仕切り、妻のコンスタンツェと相談し、あたふたと
共同墓地に埋葬してしまった。あたかも検死解剖を恐れるかのように。(未だに埋
葬場所は不明)どうもこのことがひっかかる。

②…死亡の年1791年ウイーンで大流行。5000人近くが死亡。インフルエンザウイルス。

③…死の44日前に豚の生肉を取り寄せ食す。潜伏期間約50日。近所の女性も同じような
症状(発熱、発疹、関節痛)で死亡。症状同じ。生肉を食べる食生活があった。


④妻コンスタンテェによる毒殺説…埋葬を急いだこと、葬儀に参列しなかったこと、モ
ーツアルトの借金をやめさせたかったこと、夫の浮気を快く思っていなかったこ
と、借金の返済期限は1792年10月1日。返せないと家族、身内にまで累が及ぶ(契約)。
金になる楽譜を手に入れる立場にある。死後に手紙の類は一切破棄している。死の様子
を一切話さない。葬儀に出ない。毎日少しづつ毒(トフアナ遅効性)を入れられるのは一
緒に生活している妻である。…状況証拠からかなり怪しい。(コンスタンツエの母ツエ
ツィーリアも関与している可能性は多分にある)

⑤モーツアルトの弟子(ピアノレッスン)マグダレーナの夫、フランツ・ホーフデメール
による毒殺説。妻の不倫に対する恨み。12/5モーツアルトの死を知ったその日、妻をカ
ミソリで殺害後、自殺。これもどうだろう?妻の浮気位で殺人まで犯すだろうか?だとし
たら余程惚れ込んでいたのであろう。


以上、説明してきたがどれも確証はない。読者の判断にゆだねるしかない。こういう推理
も面白い。当の当事者たちは迷惑な話だろうが。


続く:Ⅲ未完のレクイエムその後、葬送の様子・写真


次回:7/23 ある模様

[ 2013/07/19 08:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

モーツアルト・ミステリー(Ⅰ)

(右の肖像画は未完成。肩から胸のあたりが…。女性をめぐる確執があったのか途中でやめてしまっ
 たようです。しかしモーツアルトの妻、コンスタンツエの絵はきちんと完成させています。
 26歳にしては少し老けてませんか?)
(ヨーゼフ・ランゲとはモーツアルトの妻コンスタンツエ姉アロイジアの夫)

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モーツアルト愛好会。今日の例会は音楽会ではなく講演。講師は造詣の深い当会幹部のY氏。テーマは
「モーツアルトの死因について」。Y氏のお話と小生が調べた内容をミックスして掲載します。さまざ
まな説がありその数は155にのぼっています。さすが大天才。定説は皆さんもご承知の‘サリエリ毒
殺説’。映画アマデウスで一躍有名になりましたがこれはどうも怪しい。

・モーツアルトは1756/1に生まれ、1791/12/5、36歳で亡くなりました。
・人生の約1/3は宮廷楽長の地位を求めての家族との長い長い旅生活。回数は17回にも及びました。
・音楽に関しては天才の中の天才。没後220年たった今でも衰えない人気。しかし日常の彼は奇行、蛮
 行、下品(引用)、粗野、不倫、浮気(妻の姉
アロイジアとも)、買春、およそあのすばらしい曲を作る人間とはかけ離れたものでした。
その大きなギャップが魅力なのかもしれません。

私見:
小さい時から音楽一辺倒の英才教育を受け、天賦の才能と相まって突出した音楽家に成長した。しかし
反面、日常生活のことや、常識、自分を抑える理性など音楽以外のことについては大きく欠落していた。
いわば一つの傑出した才能だけ持ってそのまま大人になったような‘子供大人’。従って、聞くに堪え

ないような卑猥な冗談を言って人を笑わせその場を楽しませるエンターテイナー、決して本人には悪び
れた気持ちはない。そのような天衣無縫な人物であったようだ。ひとたび依頼があって作曲にかかれば
寝食を忘れて没頭し常人ではまねのできない短期間ですごい音楽を創ってしまう。はやり天才。


「上品で高貴な曲が好きですが人間性が曲に出なかったのかしら?
誕生年月が少し最近すぎませんか?私より若い!」…Kさんからのコメント。
→ ありがとう。修正しました。人間性?ひょっとしたら、人間的なのかも。本能の赴くまま。本来は
そうなのかも。普通の人間は理性で押さえている。天衣無縫は天才だから許される?


・また彼は梅毒にかかっており、あばた顔で肖像の絵のような‘イケメン’ではなかったようだ。

死の1年前、パトロン的存在であった皇帝ヨーゼフ崩御の年には膨大な借金問題が深刻化。翌年亡く
 なる年は超多忙。多くの舞踏曲、ピアノ協奏曲27番、弦楽五重奏曲、アヴェ・ヴェルム・コルプス



 二つのオペラ「皇帝テイトの慈悲」、魔笛、クラリネット協奏曲、そして最後のレクイエム。

  
左:「レクイエム」                           右:最後のピアノ協奏曲第27番

   
左:弦楽五重奏曲      右:モーツアルト名言集:人から質問されたり、父親や友人への手紙に書いた内容。(引用)

 ‘ テイト’の上演後、秋口から急速に健康が衰え12月5日に亡くなった。余りに早い死に
 多くの死因説が浮上。


・公式診断…急性粟粒(ぞくりゅう)疹熱:これは正式な病名ではなく症状を説明したもの。当時、ウイル
      ス感冒が流行っていた。インフルエンザの症状には水泡状の症状が出ることがある。

・その他の主な死因説…梅毒治療のための水銀中毒、連鎖状球菌咽頭炎、寄生虫病、恨みによる毒殺説
           (妻コンスタンチェによる、不倫相手の夫ホーフデーメルによる)、
           腎臓疾患、リューマチ性炎症熱、尿毒症、甲状腺腫、フリーメーソンによる暗殺
           医療ミス他多数。

続く:7/19(Ⅱ)
[ 2013/07/14 08:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

上杉謙信の源流を訪ねる

戸塚歴史の会、大船・長尾城址から周辺の史跡を歩いてきました。コースは、長尾城址、御霊神社、長谷
寺(ちょうこくじ)、玉縄首塚、龍宝寺、フラワーセンター(昼食)、久成寺(くじょうじ)、貞宗寺、大船観音寺。
約10キロ。余り面白い内容ではありません。ご容赦を。



大船(鎌倉市)は古くは‘粟船’、‘青船’と呼ばれ、入江が迫り船で粟などの穀物を運搬していました。
大船駅の西側に北条早雲が築城した玉縄城址、その出城とされる長尾城址(長尾台)があります。長尾城は
上杉謙信(長尾景虎)の出身母体、鎌倉武士長尾氏の館がありました。勿論、今は建物などは残っておりま
せんが…。(長尾‘城’と言われていますが実際には城と呼ばれるようなものではなく、今で云う‘豪邸’、
‘館’でありました。この頃には小田原城のような勇壮な城はまだ存在しておりません)

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(左:長尾城址への進入路。ここからゆるやかな登り坂となり展望のよい開けた丘陵の上に出ます)、

(右:館の横に掘られていた堀(大堀)の跡。今は土が盛られて一面畑になっているが以前はこれより
   15~20mの深さで大きな堀が掘られていた。左に少しだけ見える舗装路から右側全部がそうである)

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(現地の説明板…汚れていて読みにくいですが…。こういう説明文はどこでも長ったらしくて最後まで読めませんね~)

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左:道の向う側から上ってきました。手前は前の写真の‘大堀’跡。ガードレールのある高いところは長尾砦のあったところ。

右:砦(館)のあったところ。向う側から歩いてきました。‘強者どもが夢のあと’ですね。

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「大変勉強になります。暑い中ご苦労様です」…Cさんのコメント。どうもありがとう。

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左:龍宝寺…1503年、北条綱成が建立。曹洞宗。境内は広い。好きなお寺の一つ。落ち着きます。 
右:久成寺(ぐじょうじ)…1520年建立。徳川家と縁が深く三葉葵の紋が許されている。

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久成寺(ぐじょうじ

次回:7/14 モーツアルト・ミステリー
[ 2013/07/09 08:00 ] 歴史 | TB(-) | CM(-)

パソコン・ホームシアター

‘音’に凝る人向けの内容かもしれません。

配置図:

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                          (人の位置)

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TV、DVDのホームシアターのAVアンプを利用してパソコンでのTV、DVDもホームシアター化してみました。
簡単でパソコンの光デジタル出力から光ケーブルをAVアンプの光入力につなげばいいだけ。パソコンでそ
こまでやる必要があるかだが面白そうなのでやってみました。いわゆる5.1チャンネルというやつです。

センタースピーカーはセリフの中抜け防止用。サラウンドは体の後方に離して配置します。重低音スピー
カーは無指向性なのでどこに置いてもかまいません。なおUSBスピーカーはAVアンプを使わない時のパソ
コンスピーカーです。お使いになっている一般的なアナログ出力じゃなく、USBから音声をデジタルで出

力し、スピーカーの中のアンプでアナログ変換しています。ウインドウズのアナログ処理プロセスを経由
しないので音はノイズが無くクリアです。パソコンのサウンドデバイスを光デジタル出力に切り替える必
要があります。(これができるのはパソコンに光デジタルの出力端子が付いていることが必要)

構成:
・AVアンプ;ヤマハDSP
・サイド(フロント)スピーカー;ヤマハNS、他。多少特性の違うもの左右二ケずつ。
・センター;三菱ダイアトーン 2WAY
・重低音とサラウンド;DENON


次回:7/9 上杉謙信の源流を歩く
[ 2013/07/07 08:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)

西沢渓谷(Ⅱ)

6/11投稿(Ⅰ)の続きです。

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‘七つ釜五段の滝’…危険なためこの下へ降りて行って正面から撮ることができませんでした。
             しかし中々神秘的な雰囲気のところでした。

 「滝おちて こけむす霊気 漂へり」 

 「滝おちて 苔むす世界 冷気満つ」



滝壺(釜)が七つ連続しているので‘七つ窯の滝’。最初の写真は動画の一番下の滝から流れ落ちている
のを向う側から撮ったものです。

「幽谷や 滝落つ響き 音を断ち」

「水の流れる音って気持ちが柔らかくなりますね」 …Cさんのコメント。ありがとう!

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「山あいの 春せみ声に 疲れとぶ」 


(春セミの声)

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(右はS8年~43年まで動いていた木材の搬出トロッコの軌道(全長36キロ)跡がかすかに残っています。
 下りは重力でブレーキをかけながら、空台車を上へ戻すのは馬2頭で引っ張り上げていました。下りは
 勢い余り、トロッコごと谷底へまっさかさまという事故が何回か起こっていたようです)

次回:6/7 パソコン・ホームシアター…特にAVオタクの方どうぞ。
[ 2013/07/03 08:00 ] 渓谷 | TB(-) | CM(-)