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深田製鉄遺跡

栄地域史研究会(旧 栄郷土史研究会)の中の‘製鉄部会’(5名)としての調査・研究も3年目に入り、来春、結果発表する予定。タイトルのテーマに関し古い資料、伝承、砂鉄採取作業、鶴見川流域の製鉄情報、横浜市埋蔵文化センターの協力などを得、現在まとめつつあります。上郷深田遺跡から出た製鉄跡から鉄の材料となる砂鉄はどこから持って来たの

か、どのように鉄づくりを行ったのか、どのように利用されたのか、どのような人が従事していたたのか…などについて調査探訪し議論を重ねてきました。今日(8/20)はこれに大いにかかわったのではないかと推察される鎌倉の染谷太夫時忠周辺の史跡を探訪してきました。兎に角、暑かったです。

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左:染谷太夫の敷地後に建つ石碑。関東(坂東八か国)の總追捕使(ついぶし)。警察・軍事的官職。坂上田村麻呂の東北蝦夷征伐に加わったものと僕たちは考えています。当然、武器(鉄)が要る。上郷地帯は染谷太夫の支配管轄下にある。製鉄づくりにも大いに拘わったと考えています。
右:鎌倉甘縄神明社は鎌倉で最も古い神社で染谷太夫の開基と伝えられている。近くの長谷寺などは大勢の人でにぎわっていますが、ここはほとんど人影がありません。だから余計に神秘的です。屋根の形も由緒ある出雲大社に似た趣。

「殿方のロマンを追求する姿勢には頭がさがります。暑い中ご苦労様です。っていうかもう少し涼しくなってからでも良かったのでは??」/ Sさん。

…コメントありがとうございます。誰も正解を知らないことなので面白いのです。僕達が新説を打ち出すつもりで
やっております。

「濃密な生活ですね!」/ Sさん。…そんな~とんでもない!何となく惰性で行ってますよ。

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続く:
[ 2014/09/05 07:30 ] 遺跡 | TB(-) | CM(-)