死んだら、心はどうなるか?〔Ⅱ〕 

「医者からご臨終です」と言われると、脳波はそこで止まり、以降は横一直線の状態になる。しかしこの横
一直線の脳波を拡大してみると微弱な脳波が見られるそうだ。この時に神秘体験をしているものと思われ
る。脳の辺縁系というところで多量の神経物資が放出され幸福感を味わうのだそうだ。丁度、線香花火が
最後に一瞬ぱっと輝きを増して終わるのに似ている。何故このようなことが起こるのかはわかっていない。
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人体がそういう仕組みになっているとしか言いようがない。神様が人生の最後に‘最高の至福の瞬間’を
下さっているのかもしれない。神経細胞が完全に死滅すると「意識」も途絶える、即ち「心=魂」も死滅する
ことになる…と言わざるを得ない。死んだあと魂(心)は離脱し生き続ける…というのは科学的には考えられ
ない。…という訳でぼくは、‘魂は生き続ける’という見方には一寸賛成しかねる。「あの世で会おう」とか
「あの世で一緒になろう」…とか云うのは無理。


以降は余談だが死後、魂は骨壺の灰ではなく、位牌に宿ると言われる。しかし私たちがお墓や位牌に向か
って拝むのは決してお墓や位牌に対して祈っているのではなく、心の中にいる故人の面影に頭を下げてい
るのだ。幾らかのお金を出すと仏具屋さんで簡単に作って貰える位牌、そんな安直なものに人間の魂が宿
るとも思えない…。私見だが、これは身近な仏壇に安置していつでも手を合わせられるようにする古来から

の工夫であり、骨壺のあるお墓には頻繁にお参りできない、それをカバーする仕掛けであろう。要は何でも
いい。例えば壁に故人の写真を貼り、それに向かって手を合わせる。手を合わせる者の心の中に故人を蘇
らせる雰囲気にすればいいのである。お墓や仏壇・位牌は無くてもいい。尤もこんなことになればお寺や仏
具屋、墓業者は困るだろうが。

次回:11/4 宇都宮大谷景観公園


[2014/11/02 13:30] 未分類 | コメント(-)