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旧・東海道 保土ヶ谷宿を歩く〔Ⅱ〕

〔Ⅰ〕の続き、⑦から:

保土ヶ谷歴史散策150419(1)

保土ヶ谷歴史散策(2)150419

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クリックで拡大。以下の説明文の頭の番号は地図の番号に合わせてあります。

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⑦神戸神明社:人形の紙に名前を書いて水に流すと、過去の悪い行いや罪を流してくれるとのこと。当然のこと、
 やりました。これでわたくしも清らかな心をもった無垢な人間に生まれ変わりました。ありがたいことです。

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神明社の創建は平安時代中期の天禄元年(970)年と伝えられる。その後3度の遷座の後、現在の神戸(ごうど)の地に
造営され保土ヶ谷区と旭区の総鎮守として広大な社領が与えられ、宮司以下数十人が使仕え流隆盛を極めたという。
その後、戦乱の時代に一時衰退したが天正18年徳川家康入国のとき、社殿の造営が行われ4石1斗の御朱印地とな
る。また元和5年(1619)宮居を神戸山の山頂から現在の場所に移し社殿の造営、境内整備が行われた。祭神は天照
大御神。

追記:お知り合いのワイ・Jさんはこの神社がご実家とのこと。びっくりしました。神社と云うイメージには程遠い
    現代的なセンス抜群の活動的なご婦人です。(5/23)


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遍照寺…876年開山。ここの薬師如来は京都仁和寺のものと同じ。横浜指定文化財。

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⑬ 旧東海道と金沢道の交差点に設けられている。右から‘円海山之道’、‘かなさわ・かまくらへ通りぬけ’、‘かなさわ・
   かまくら道’、‘ぐめうし道’、‘程ケ谷の枝道曲がれ梅の花’(其爪/きそうの俳句)、‘富岡山芋大明神への道’と刻ま
   れている。

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⑭ 明治元年、明治天皇ご訪問の折、苅部を軽部と書き間違えられ、畏れ多いということで、苗字を軽部に改称。
先祖代々の由緒ある名前を変更することは一大決心であったことであろう。(今考えれば誠におかしなことである)
現在も本陣跡の広い敷地の一角に大きな今風のお宅にご子孫が住まわれています。

本陣、脇本陣…身分の高い大名、旗本、公家などが宿泊。

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当時、今井川の支流が東海道を横切って流れていたのでそこにそれこそ切れ目なく石橋を築き通行していたことが
この絵からわかる。大名行列が通るメイン道路である。当然のことであったろう。

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旅籠:本金子屋…明治2年に建て替えられたもので当時の建物の雰囲気を今に伝えている。大正天皇がお忍びで
来られたこともある。旅籠の数は元禄年間で37軒、天保で69軒であった。

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開山は平安中期。区内では最も古いお寺の一つ。参勤交代や旅人の信仰厚く、道中安全の祈願で賑わった。本陣、
脇本陣、茶屋本陣等の菩提寺。

次回:5/20 あらかるとコンサート(合唱)のご案内(5/23 栄公会堂14時~無料)
[ 2015/05/16 07:30 ] 史跡 | TB(-) | CM(-)