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モーツアルトについて〔Ⅱ〕

続編。興味のない方には申し訳ないです。体調良くないし外に出ておりません。

1791年、秋口から急速に健康が悪化。12月5日に亡くなった。余りに早い死に多くの死因説が浮上。

・公式死亡診断…急性粟粒(ぞくりゅう)疹熱:これは正式な病名ではなく症状(水泡)を説明したもの。
        当時、ウイルス性感冒が流行っていた。インフルエンザの症状には水泡状の症状が出
        ることがある。

主な死因説:
①…友人ヴァン・スヴィーデン男爵の父親(高名な医者。梅毒主治医)による水銀投与、
中毒死。この友人が葬儀を取り仕切り、妻のコンスタンツェと相談し、あたふたと
共同墓地に埋葬してしまった。あたかも検死解剖を恐れるかのように。(未だに埋
葬場所は不明)このことがひっかかる。

②…死亡の年1791年ウイーンで大流行。5000人近くが死亡。インフルエンザウイルス。

③…死の44日前に豚の生肉を取り寄せ食す。潜伏期間約50日。近所の女性も同じような
症状(発熱、発疹、関節痛)で死亡。症状同じ。生肉を食べる食生活があった。

④妻コンスタンテェによる毒殺説…埋葬を急いだこと、葬儀に参列しなかったこと、モ
ーツアルトの借金をやめさせたかったこと、夫の浮気を快く思っていなかったこ
と、借金の返済期限は1792年10月1日。返せないと家族、身内にまで累が及ぶ(契約)。
金になる楽譜を手に入れる立場にある。死後に手紙の類は一切破棄している。死の様子
を一切話さない。葬儀に出ない。毎日少しづつ毒(トフアナ遅効性)を入れられるのは一
緒に生活している妻だけである。…状況証拠からかなり怪しい。(コンスタンツエの母ツエ
ツィーリアも関与している可能性は多分にある)

⑤モーツアルトの弟子(ピアノレッスン)マグダレーナの夫、フランツ・ホーフデメール
による毒殺説。妻の不倫に対する恨み。12/5モーツアルトの死を知ったその日、妻をカ
ミソリで殺害後、自殺。

⑥サリエリ毒殺説…現在の通説では否定的。サリエリはモーツアルトより各上で富も名声
も名誉もあった。当時のモーツアルトは銀食器を売らねばならぬほど生活に困窮していた。
またサリエリはモーツアルトの曲を進んで指揮もしている。あり得ないだろう。これは多分に
ロシアのプーシキン1830年の戯曲「モーツアルトとサリエリ」の筋書きが影響しているのでは
ないかと思われる。サリエリがモーツアルトの才能に嫉妬した(映画アマデウス)なんてこと
はないであろう。よしんば嫉妬があったにせよ、それで殺すなんてことは考えられない。

以上、説明してきたがどれも確証はない。


モーツァルト 交響曲 第40番 第1楽章

以前お弟子さん達のピアノ発表会で私ともう1人の教師とで連弾したことが思い出されました。懐かしい曲です」/ Yさん。
…すごいね。Yさんのピアノ一回聴いてみたいな~。

7/10 日記:頭痛が治まらないのでマッサージ(港南台バーズ3F)へ。45分間やってもらった。確かに直後は
       気持ちいいし身体が軽くなった感じはするが頭痛はとれず。何が原因かな?困った~。こんなこと
       は初めて。本来、頭痛持ちじゃないんだけど。どうもストレス性緊張型頭痛ってやつらしい。

いつか、ピアノ聴いてください。ソロの物は不得手ですが、伴奏は好きなので。頭痛嫌ですね。私も頭痛持ちでない
ので、肩凝った時のあの感じ嫌ですね。ストレッチしたり体操したり、発声真面目にやると肩ほぐれますよ。お大事に。
冬は肩こりがひどいので、以前は週1のテニススクールを習慣にしていました。どうぞお大事にね!!
」 / Yさん。
[ 2018/07/07 12:49 ] その他 | TB(-) | CM(-)