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生麦事件(再)

新しい‘材料’がないので以前掲載したものを再掲載します。歴史好きには興味ある内容ですよ。

神奈川新聞報道…時は文久2年8月薩摩藩主島津久光の行列(700人、江戸から京に戻る途中)を横切
ったイギリス人4人(女性1名含む)が殺傷された。リチャードソンは死亡、他は2名負傷するも命
からがら逃げおおせた。女性ボロデイール夫人はほとんど無傷で逃げおおせことの詳細をイギリス側
に報告。このいわゆる生麦事件は後に国と国の外交問題に発展。幕府からは賠償金が払われたが薩摩

藩は拒否したためイギリス艦隊が鹿児島沖から砲撃を行った、いわゆる薩英戦争である。写真(Fベ
アト)はその現場、生麦村字本宮。目撃者、現場の前の質屋兼豆腐屋の村田屋勘左衛門と大工徳太郎
の女房よしの‘6人の武士がリチャードソンを畑に引きずり込みとどめをさした’との証言あり。当時
は尊皇攘夷吹き荒れ襲撃に加わった武士の一人は「なんとかして異人を切ってみたかった」…と回
顧している。当時‘異人切’が流行であった。


ものの本に依れば、本国のイギリス議会では、薩英戦争が始まる前にイギリス側が幕府から多額
の賠償金を得ていた上に、鹿児島城下の民家への艦砲射撃は必要以上の攻撃であったと非難して
います。海外では基本的にそう言う報道だったそうです
」 / NFさん。

CIMG1938-1.jpg

(クリックで拡大)

生麦事件

(当時の画家ワーグマンが描いた絵を当時の写真家ベアトが撮影(白黒)したもの。原画は残っていない。
 馬上の右端の男性がリチャードソン。切り付けているのは薩摩藩士、示現流(じげんりゅう)(*)の達人、
奈良原喜左衛門(警護頭)と思われる。肩から腹にかけ切り下げられ重症を負う)

   *…幕末期、新撰組局長・近藤勇をして「薩摩者と勝負する時には初太刀を外せ」と言わしめた。
     これらの薩摩剣法は初太刀での一撃必殺を旨としており、正面から初太刀を受けようとすると
     、真剣でもへし折られ、もしくは折られなくとも刀ごと押し込まれて斬られる可能性が高く、
     防御が困難なためである。実際、幕末期に示現流と戦った武士の中には、自分の刀の峰や鍔
     (つば)を頭に食い込ませて絶命した者がいた話は有名である。それほどに激しい剣法である。


(行列の向うから騎馬が進んで来た。警護の武士は「向うへ戻れ!戻れ!」と叫んだがそれが通じず、
 こちらへ向かって来る、主君の籠に近づけてはならぬ、…ということで切り付けたようだ。大名行
 列の日本の風習がわからなかった悲劇である)

(技量が低く、馬を上手にさばくことができなかったという説もあるがどうもそうではなさそう。
 彼らは乗馬の達人で特にリチャードソンは国に沢山の馬を持っていて、お気に入りの馬をわざわ
 ざ日本に持ってきてMy Horseとしていたほどであった)

(絵の着彩:By Harry)

示現流(じげんりゅう)の動画 ← クリック (初太刀・一撃の必殺剣法。肉を切らせて骨を切る。
捨て身で切りかかって行く。普段からその気迫を習得するために動画にあるような立木に向かって「きぇ~!」
という奇妙な声を発し単純な打ち込みを繰り返す)

生麦事件 (資料:引用)

次回:5/16‘神細’…何のことかわかりますか
[ 2020/05/14 07:39 ] 歴史 | TB(-) | CM(-)