戸塚~東戸塚の古道を訪ねる 

JR戸塚駅を10時に出発して東戸塚駅15時半、約15キロを歩いてきました。‘戸塚歴史の会’の散策です。旧東海道、淡島道、
星野谷道、二俣川道、奥州道など。東海道以外は余りなじみのない名前でしょう?皆さん、余り興味はないかもしれませんが
一応解説しておきます。(地図参照)

・淡島みち…大善寺(写真掲載)にある‘淡島明神’に詣でる道
・星野谷みち…座間の星谷寺観音に詣でる道
(昔は今と違って地域信仰が盛んでした。娯楽が少なく一種の旅行気分もあったのでしょう)

・二俣川みち…交易、助郷(すけごう:役所からの荷役仕事の義務)など日常的に使われていたみち

・奥州みち…鎌倉時代、御家人(武士)達が領地と鎌倉間を馬で行き来に使ったみち、洪水などにさらされない比較的
高い尾根伝いにつくられている。奥州から武蔵の国経由、名瀬・川上・舞岡を通って鎌倉に至る。地図で‘そとごう遺跡
(弥生時代、ここらに大集落があったそうです。‘三殿台遺跡’、‘大塚歳勝土遺跡’などとは違い出土品を保管した後、

住宅地になってしまいました)の下に‘奥州みち終点’とメモ書きしていますが、ここが東海道からの分岐出発点。
ず~っと上へ行って戸塚カントリーの中を通り奥州へ至る道があった。現在は戸塚カントリーのところで行き止り。
地図で見ると複数の道が重なって表示されていますがこれは途中までは同じ道で、先でそれぞれに分かれていくのです。

前半は石碑、お寺(大善寺)、庚申搭などの写真数枚撮りましたが後半は‘みち’だけなので撮っておりません。昔‘古道’
とは言っても今は舗装された車の行きかう何の変哲もない現代の道路がほとんどです。
221528戸塚散策
今の環状2号、鎌倉街道なども200年後にはこうやって‘古道散策’が行われているかもしれませんね。
221528戸塚淡島大明神碑
(淡島大明神の碑…大善寺裏にある‘粟島さま’への道標。
 柏尾川大橋を入った左沿いにある)
221528戸塚‘石神’碑
(石神…‘しゃくじん’と読む。豊作・安産・病除けの土俗信仰。治ったら
おしゃもじを奉納した。東京の石神井なども同じ由来。形のそれらしい自然
の石を信仰するいわゆる‘石神信仰’。何でも信仰しちゃうんですね~)
221528戸塚大善寺
(大善寺…和歌山の加太神社の神座を背負い行脚していたお坊さんが病気になりここへ神座を預けたのがここ大善寺
に祀られている‘淡島社’(淡島様と呼ばれた)の由来)
221528戸塚大善寺にて
(大善寺の花桃)
221528戸塚大善寺にて
(歌舞伎道祖神…寛政6年。云われは不明。横浜新道料金所の横)
戸塚歌舞伎道祖神説明板
221528戸塚歌舞伎道祖神
221528戸塚小坂石造物
(小坂の石造物群の一つ、‘二十三夜塔’、道標を兼ねる。
右面:‘北二又川みち’、左面:‘南とつか道’とある。
二十三夜のほの暗い夜、ご婦人たちが集まって酒宴を張っ
たとのこと。いつの時代も女性は強い!)
…以上で地味な話は終わり。
次回:‘作品S’…ステンドグラス
次々回:猿島風景
[2011/05/23 08:00] 石造物 | コメント(-)