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科学と技術について

(5/1投稿の愛海ちゃん記事、写真追加しました)

(またこんなに長いのかあ~とお思いでしょうが…)

先日(5日)の‘NHKニュースウオッチ9’でノーベル賞科学者の野依さんがキャスターと対談していました。
「科学は‘真理の探究’でありこれは非常に大切なことです。もう一つはそれを実際の場面に応用する
‘技術’でこれがうまく運用できないと大変なことになる」…と言われ更に「今回の震災の中で‘原発’は

正に人災である」と言われました。そして‘原発は将来なくしていくべきものでそれに代わる太陽とか自然
エネルギーの応用技術を強力に開発しなければならない’とも言われました。正に‘我が意を得たり’の感
です。おこがましいですが‘科学と技術’の他にもう一つ大事なことがあると小生は思っています。それは

‘心構え’の問題です。この欠如が今回の未曽有の原発事故を引き起こしたのだと思うからです。
具体的に云うならば‘リスク(与件)への備え、津波に備えた防波堤の高さの想定と冷却水循環ポンプの
設置位置について’などです。前者は震災前、既に地震学者達のリサーチにより平安時代の貞観津波分

析結果より福島原発の防波堤高さでは不十分で要対策との助言がなされておりました。しかし原子力関
係者達はそれを無視または傍観、放置。学者の世界は一種の‘たこつぼ社会’。外界の云うことは聴かな
い、自分たちだけで決める。その結果がこの惨事を引き起こしました。これは‘リスク(与件)の想定’以前

の‘心構え’の問題です。更に冷却ポンプも津波に乗り越えられたら使い物にならなくなってしまう海側に
配置している。これなどはコスト上の問題からでしょう。正に‘想定外’だらけの安心しきったノー天気の
スタンスです。悲劇が起こった今はコスト度外視でどんなことでも試行錯誤でやってるじゃないですか!、

先日、原子力安全委員会の元委員長がTVで懺悔的に謝罪をしていました。また現M原子力安全委員長
は先日のTVで「設定条件はある種の‘割り切り’が必要でそうでないと設計などできません」…と発言。
それはその通りでしょう。そんなことではなくその‘割り切り’が適切かどうかという問題ですよ。1000年

に一回起こるかどうかわからないものに対してそんな備えはできません…ということなら‘千年後に子孫
が何万人死んでもそれは仕方がないこと。これも一種の割り切りと致しましょう」ということになりますね。
どう考えればいいでしょう?一握りの人間の‘思い込み’、‘割り切り’がかくも大勢の人間を不幸のどん

底に追いやってしまうこと、戦時下に於けるナチズムの強烈な反ユダヤ主義の結果や、平和時に於ける
唯我独尊的排他主義の結果の大量の死傷者・難民の発生。これ、根っこは本質的に同じようなものじゃ
ないですか~。対談の最後に野依さんは、「これからの学者は自分たちの世界だけで一方的に判断しない

でもっと広く外界とのコミュニケーションをとるべきだ」と言われました。しかし今後このような方向で進んで
行くとは勿論信じておりません。一時は頭を垂れて反省しても暫くたつとケロリンとしてまた同じことを繰
り返します。過去を振り返ればすぐわかることです。人間とはある種、馬鹿な生き物です。相当数の犠牲者

が出て初めて対策に動き出します。生肉ユッケでもそうでしょう。何とかならんもんでしょうか?!一番い
い方法は、関係者達に2か月間臨時避難所で生活させること、ガレキの処理、死者の捜索にあたらせること、
高額の報酬を返上させること。‘人の痛み’が身に染みてわかることでしょう。東京の高級住宅やマンション
でぬくぬくやっていてはどうしようもありません。まあこれは想定外の無理な注文ですがね~。

(辛口論評おわり。お粗末。長文お付き合い頂きありがとう。次回は‘絵の仲間展’のご案内です)
[ 2011/05/09 08:00 ] その他 | TB(-) | CM(-)