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横浜市栄区上郷製鉄遺跡について(記録)

これは自分の活動記録まとめであり一般の皆さんは興味のないテーマであろうと思います。ご容赦
下さい。早々に終わります。なお参考記事として昨年8/16投稿記事、同じく8/23投稿記事があります。
下記は5月の例会でリーダーのY氏が発表した報告書(表紙)です。

231616砂鉄調査

①横浜市、環状4号線(原宿六浦線)の神奈中車庫前から港南台方面に抜ける、舞岡上郷線の横浜栄高校
 あたりの道路下に、‘上郷深田遺跡’があります。(今は埋め戻されて外からは見えない)
②昭和61年に発見されたこの遺跡から18ケ所の製鉄炉の跡が発見された。これは神奈川県唯一のもので
 ある。
③時期としては7世紀半から9世紀、約200年にわたって操業されたことがわかっている。

④研究会の目的はここで作られた鉄製品がどこへ供給されたかを明らかにしたいのであるがまずはその
 原材料である‘砂鉄’がどこから調達されたかを実地に調べることからスタートした。

⑤製鉄に適した立地条件としては、燃料となる木材、砂鉄、風向き、砂鉄を含んだ土から砂鉄を選別す
 るための川…などがある。木材については周辺に豊富な山林がる。風向きについては下の地図に示し
 たように海からの風が吹いて来て、おあつらえ向きの地形になっている。川についてもすぐ近くに
 ‘いたち川’がある。残りは‘砂鉄’をどこから運んで来たかということである。

⑥俗に‘砂鉄7里に木炭3里’といういう言葉があり砂鉄は広い範囲から持ち込まれた可能性がある。
 例えば、鎌倉七里ヶ浜の砂は砂鉄を多く含み、黒っぽい色をしている。しかし果たしてそんな遠いと
 ころから運んだのであろうか?もっと近くに砂鉄が出たのではないか?…という仮説を立て栄地域史
 研究会の中の‘砂鉄部会’として3人のメンバーが実地に調査を行った。

221916砂鉄調査
231627砂鉄調査

砂鉄含有量…調査地点38ヶ所中、特に瀬上池近辺、大平山、昇龍橋、荒井沢辺りで22~45%の高含有量
が見られた。従ってこれらの場所から砂を運び、いたち川で鉄分と砂を川の流れを利用して振り分ける
作業(かんな流し)が行われた可能性は十分にあると思われる。

最後に当地の隠れた伝説として、‘一本足の一つ目小僧’がある。これは製鉄炉のふいごは一本足で
踏み続けるので片方の脚が太くなり、遠目に一本足に見えたのではないか、又、炉の温度を見るには
片目をつぶって見るので知らず知らずに片目がつぶれてしまったのではないか…などと勝手に想像す
るのも面白い。以上面白くない話はこれにて終了。


次回:7/31 かっての勇姿

[ 2012/07/29 08:00 ] 遺跡 | TB(-) | CM(-)