鶴ヶ城(Ⅰ)

関東、17日、梅雨明け。背景色をブルーに変更します。

正式には‘若松城’。幕末の動乱期、戊辰戦争の舞台、会津藩と白虎隊の悲劇の地。2011年に天守閣の
瓦が今までの黒色から本来の赤瓦に葺き替えられました。何となく見慣れた黒の方が重厚感があるよう
な~。しかし赤瓦もスマートであか抜けています。
231634鶴ヶ城
231634鶴ヶ城
(表門/鉄門)
(左は‘南走長屋’)
231634鶴ヶ城
(鉄門の右、石組の妙。ここから天守閣へ更に‘走長屋’が続いている)


(ここまで徹底抗戦して玉砕した悲劇の根本は会津藩の 「家訓」即ち、‘徳川家のために忠誠を
尽くす’という徹底した忠義心の結果である)
(松平容保も敢えて京都守護職という‘火中の栗’を拾わざるを得なかったのもこのため)
(そして老若男女、藩を挙げて破滅への道を突き進むことになる。ここに大いなるロマンを感じ、
 その一途な心には涙を禁じ得ない。新選組とも一脈あい通じる‘滅びの美学’である)


231634鶴ヶ城
(官軍のアームストロング砲の砲撃を受け見るも無残な姿になった鶴ヶ城 / 古写真)
(1日2000発の砲弾を浴び、籠城2か月、遂に降伏、開城)
(その後、家老の切腹と引きかえに容保は許され、日光東照宮の神官となり一生を終えた)

次回:7/20 Ⅱ
[ 2012/07/17 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)