歴史教室 

生麦事件

9/12横浜市歴史博物館企画展講義に参加。10/21まで横浜開港資料館で資料が展示されています。
目撃者の証言、写真、遺族保管の手紙・書簡など。月曜休館。¥200。

文久2年8月21日(1862年9月14日)武蔵国橘樹郡生麦村(現横浜市鶴見区生麦)本宮の東海道で4人のイ
ギリス商人リチャードソン/29歳(遺体の写真。見たくない方はクリックしないで)、マーシャル、クラーク、
ボロデール夫人マーガレット)が川崎大師へ遊山に行く途中、参勤交代帰路の薩摩藩島津久光一行の行列

を馬で乱したとして警護の武士に切り付けられリチャードソンが死亡、マーシャルとクラークが重傷を負った
事件。彼らは上海での商売後、故国イギリスに帰る途中、観光のため日本に立ち寄り難に会ったもの。こ
の後、イギリスと日本・薩摩藩との間で異常事態に発展する。

生麦事件

(当時の画家ワーグマンが描いた絵を当時の写真家ベアトが撮影(白黒)したもの。原画は残っていない。
 馬上の右端の男性がリチャードソン。切り付けているのは薩摩藩士、示現流(じげんりゅう)(*)の達人、
奈良原喜左衛門(警護頭)と思われる。肩から腹にかけ切り下げられ重症を負う)

   *…幕末期、新撰組局長・近藤勇をして「薩摩者と勝負する時には初太刀を外せ」と言わしめた。
     これらの薩摩剣法は初太刀での一撃必殺を旨としており、正面から初太刀を受けようとすると
     、真剣でもへし折られ、もしくは折られなくとも刀ごと押し込まれて斬られる可能性が高く、
     防御が困難なためである。実際、幕末期に示現流と戦った武士の中には、自分の刀の峰や鍔
     (つば)を頭に食い込ませて絶命した者がいた話は有名である。それほどに激しい剣法である。


(行列の向うから騎馬が進んで来た。警護の武士は「向うへ戻れ!戻れ!」と叫んだがそれが通じず、
 こちらへ向かって来る、主君の籠に近づけてはならぬ、…ということで切り付けたようだ。大名行
 列の日本の風習がわからなかった悲劇である)

(技量が低く、馬を上手にさばくことができなかったという説もあるがどうもそうではなさそう。
 彼らは乗馬の達人で特にリチャードソンは国に沢山の馬を持っていて、お気に入りの馬をわざわ
 ざ日本に持ってきてMy Horseとしていたほどであった)

(絵の着彩:Harry画伯)

生麦事件 (資料:引用)

続く:
[2012/09/18 08:00] 歴史 | コメント(-)