生麦事件の報道新聞!

面白い新聞を横浜開港資料館で見つけました。報道内容…時は文久2年8月薩摩藩主島津久光の行列(700人、江戸から京に戻る途中)を横切った(実際は避けようとして馬の制御ができなかった模様)イギリス人4人(女性1名含む)が殺傷された。リチャードソンは死亡、他は2名負傷するも命からがら逃げおおせた。女性ボロデイール夫人はほとんど無傷で逃げおおせことの詳細をイギリス側に報告。このいわゆる生麦事件は後に国と国の外交問題に発展。幕府からは賠償金が払われたが薩摩藩は拒否したためイギリス艦隊が鹿児島沖から砲撃を行った、いわゆる薩英戦争である。写真(Fベアト)はその現場、生麦村字本宮。目撃者、現場の前の質屋兼豆腐屋の村田屋勘左衛門と大工徳太郎の女房よしの‘6人の武士がリチャードソンを畑に引きずり込みとどめをさした’との証言あり。当時は尊皇攘夷吹き荒れ襲撃に加わった武士の一人は「なんとかして異人を切ってみたかった」…と回顧している。当時‘異人切’が流行であった。他の事件詳細説明CIMG1938-1.jpg
(似たような名前ですが横浜開港記念館が近くにあります)
[ 2008/01/19 11:06 ] 歴史 | TB(-) | CM(-)