混声合唱組曲「心の四季」…‘流れ’、‘山が’、‘愛そして風’ 

あすなろ混声合唱団、第7回定期演奏会:2/9鎌倉芸術館ゲネプロ

3‘流れ’:2分51秒
岩が しぶきを あげていた  深みを渡る 馬のよう 青い流れを噛みながら ひとつところに阻ま
れて 魚が ひっそり さかのぼる 岩のほとりを 川上へ 強靭な尾で 水を蹴り 遠い流れを 貫い
て岩が しぶきを あげていた あきらめ知らぬ 馬のよう 魚が するどく 遡る 強靭な尾で 水を

蹴り逆らうにしても それぞれに 精一杯な仕方がある 凛々しい魚は 遡る 武骨な岩は 水を噛む
魚は岩を いやしめず 岩は魚を おとしめず 青い流れを送り迎え それがいかにも 爽やかだ 流
れは 豊かに おおらかに むしろ卑屈なものたちを 押し流していた 川下へ 押し流していた 川
下へ 川下へ



音声が出なかったらマウスの矢印を写真の画面の中に入れ、下に出てくるスピーカー
の印の目盛が一番下になっている可能性があります。調整して上にあげて下さい
 
岩と魚がそれぞれ違ったやり方で精一杯に流れに逆らって生きる姿が、いかにもさわやかだと言い切り、
一方、卑屈なものたちは川下に押し流されるだけとも云う。ドキッとさせられるところです。…演奏会
当日のプログラムより。

大きな流れに精一杯、真摯な気持ちで川上へ、川上へ必死に立ち向かう、そのフアイトと力がなければ
押し流され、川下へ追いやられてしまう。みんな、一生懸命に生きているのだ。だけど挫折して流されて
しまう時もある。正に人間の人生そのもののようだ…。(Harry)、


備考:前回の‘水のいのち’に次いで、6月の「絵の仲間展」・8月の県シニア展にはこの‘流れ’
   に岩、魚を入れて20号で描きたいと思っています。水の流れ、難しくて躊躇するのですが、
   宣言すればやらざるを得なくなります。

   もう一つ宣伝。「山が」の中に出てくる南アルプス宝剣岳のUP写真、3/13~17フオトSAKAE
   の写真展(本郷台リリス)に出品します。お近くの方、よかったら見に来て下さい。



4‘山が’:1分32秒
山が 遠くから 人の心を とりこにする 人がその心を  
さがしに行く それで 身体ごと とりこになる とりこになる う~う~~


‘山が遠くから人の心をとりこにする、人がその心を探しにゆく’と歌われます。ここで、山の心
(大自然の持つ包容力)に惹かれて山に行くのだとも解釈できますが、人が山に行くのは‘人の心’
つまり探しに行く自分の心なのです。…プログラムより。(ベース:大沼氏解説)

必死で生きるにしても、ふと、大きな包容力に包まれ、ほっとしてみたい。そして考え、また新しい気持ち
で再出発する。山はそんな気分にさせてくれる‘母’のような存在だ。…というのは?(Harryの解釈)


5 愛そして風:1分58秒
♪愛の疾風(はやて)に吹かれた人は 愛が遙かに遠のいたあとも ざわめいている 揺れている♪
♪風に吹かれて 枯れ葦がそよぐ 風が去れば 素直に静まる 人だけが 過ぎた昔の 愛の疾風に♪
♪いくたびとなく 吹かれざわめき 歌いやめない 思い出を♪♪♪


  
題からして魅惑的です。「愛の疾風」では直裁すぎます。胸を締め付ける愛の想い出が、不意に疾風と
なって身体を吹き抜ける。しかし、それがただ辛いのではない。心の中にあの頃のままの姿が生きてい
る歓び、そして、それを歌います。…当日プログラムより。


激しい愛の経験は今もその思い出から抜けられない。しかし今はもう、枯れ葦がそよぐ人生の黄昏、だ
けど帰り来ぬ、過ぎ去りし愛の疾風が忘れられない、忘れられない、いつまでも…。(Harryの解釈)

次回:2/27 6雪の日に 7 真昼の星 エーデルワイス/アンコール
次々回:2/28 心の四季、全曲(2/24演奏会録音)

[2013/02/26 08:00] 合唱 | コメント(-)