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皇居東御苑(Ⅱ)

2月1日、背景色、変更しました。冬らしい色に。

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(天守台より。遠方の人が見える広いところは本丸のあった場所)

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(大手門)



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(巽やぐら…城でいう櫓(やぐら)とは防御用あるいは物見用に建てられた建築物のこと)
(地図の右下)

 次回:2/4 皇居外堀、東京ステーション
次々回:2/8 縄文展…縄文の貴公子
[ 2013/02/01 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

皇居東御苑(Ⅰ)

明治の元勲写真展-1

(三の丸尚蔵館の写真展を見に行ってきました。興味のある方は是非どうぞ。写真撮影はNG)

明治の元勲写真展-2

右の大隈重信の椅子の写真は非常に珍しいとのこと。顔写真は出回っているが。

明治の元勲写真展()三の丸尚蔵館

(有栖川夫妻の若干の補足説明…有栖川宮熾仁親王は有栖川宮幟仁親王の第1王子で、幼名は歓宮(よし
 のみや)。生母は家女房の佐伯祐子。官職は任命順に、大宰帥、国事御用掛、政府総裁、東征大総督、
 兵部卿、福岡藩知事(のちに県知事、県令)、元老院議官(後に議長)、鹿児島県逆徒征討総督、左
 大臣、陸軍参謀本部長、参謀総長、神宮祭主。

 和宮親子内親王と婚約していたことで知られる。だが和宮との婚約は時の政治情勢により反故となり、
 旧水戸藩主・徳川斉昭の娘で徳川慶喜の妹の、徳川貞子を、明治維新後に最初の妃として迎える。
 貞子は婚儀の2年後、熾仁親王の福岡赴任中に23歳で病没。明治6年(1873年)7月に旧越後新発田
 藩主・溝口直溥の七女・董子と再婚した。

 明治維新後は陸軍軍人として明治天皇を支え、明治28年(1895年)に61歳で逝去。有栖川宮は跡を継
 いだ異母弟の有栖川宮威仁(たけひと)親王の代で断絶した。…引用)

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(その後、東御苑内を散策。これは‘同心番所’、城の入口を警護する詰所ですね。登城する大名の供の
 者をチェック、監視する役です。他に100人番所、大番所、と全部で三つあったが城の奥の警護ほど位
 の高い役人が詰めていました。)

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(百人番所…本丸、二の丸に通じる大手三之門の前に設けられた詰所。鉄砲百人組、甲賀組、伊賀組、
        根来組、二十五騎組の4組が昼夜交代で詰めており、それぞれの組には同心100人
        が配属されていた)

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(甲賀、伊賀、根来など元は忍者集団。各組とも若年寄支配、3000石の組頭1人の下に、
 80石扶持の与力20人、30俵2人扶持の同心100人で構成されていた)

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(汐見坂入口の石垣…名前の云われはここから江戸湾が一望できたから。左側を向うに坂が上り、
 先で右側に曲がります)

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(新装東京駅)

次回:2/1 (Ⅱ)
[ 2013/01/27 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

(続)ノスタルジア(Ⅱ)

奈良井宿:続き。

木曽路十一宿の江戸側から2番目で、11宿の中では最も標高が高い。難所の鳥居峠を控え、多くの旅人
で栄えた宿場町は「奈良井千軒」といわれた。江戸寄りから下町、中町、上町に分かれ、中町と上町の間
鍵の手がある。水場は、山側に6ヶ所。現在も重要伝統的建造物群保存地区として、当時の町並みが

保存されている。また、江戸時代から曲げ物、櫛、漆器などの木工業が盛んで、旅の土産物として人気が
あった。天保14年(1843年)の『中山道宿村大概帳』によれば、奈良井宿の宿内家数は409軒、うち本陣
1軒、脇本陣1軒、旅籠5軒で宿内人口は2,155人であった。(ウイキペデイア引用)

本陣…江戸時代以降の宿場で大名や旗本、幕府役人、勅使、宮、門跡などの宿泊所として指定された家。
原則として一般の者を泊めることは許されておらず、営業的な意味での「宿屋の一種」とはいえない。宿
役人の問屋や村役人の名主などの居宅が指定されることが多かった。本陣に次ぐ格式の宿としては脇本
陣があった。


231029奈良井宿
(旧中山道の杉並木…(Ⅰ)の街道の奈良井駅近くの終点を少し入って登ったところ。昔もこんな感じ?
 多くの旅人がこの道を行きかったことでしょう)

中山道…全長135里、約533キロ。宿場数69、始点は江戸日本橋、終点は京都三条大橋。碓氷峠、福島
経由でかなり長いが東海道(493キロ)の大井川などの難所を避けるため女性が多く利用した。

231029奈良井宿
(地蔵堂の200地蔵…明治の鉄道工事にあたって周辺からここに集められたもの)
(沢山の地蔵や庚申塔などがあるところは道路工事や宅地造成などでまとめられたケースが多い)

231029奈良井駅
(中央本線奈良井駅…明治42年に建てられた駅舎にしては古い感じがしない。手前の増築部分がモダン
 に見せている。でも少しひなびた感じが‘宿場町’にマッチしてますね)

231029奈良井宿にて
(宿外れにて。コスモスがきれいでした)

次回:11/17 大峰高原の秋(Ⅱ)
今日(14日)は地元‘いたち川の秋’を撮ってきます。→紅葉はまだまだでした。
いたち川の秋
[ 2012/11/13 08:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)

続:ノスタルジア(Ⅰ)

231029奈良井宿
(奈良井宿)(大井宿とは少し違った趣。道幅が狭く、宿が密集している感じ)
231029奈良井宿
(連休明けで人影はまばら。ラッキーでした。連休中は新宿並み?の混雑だったとか)
(路傍のコスモスにほっとした旅愁も)
231029奈良井宿
(杉玉…新しいお酒ができた時、お店の前に飾ってPRするようです。時間がたって茶色に変色)
231029奈良井宿
(昔の道幅は多分もっと狭かったのではないかな?今は歩道も一応作らなきゃいけないし~)
(続く 11/13 Ⅱへ)
[ 2012/11/10 12:00 ] 歴史建造物 | TB(-) | CM(-)